たった一人の甘々王子さま


浩司の車に乗せられて優樹が連れてこられたのは高層マンション。
今は大人しく助手席に座ってはいるが、これには訳がある。


車に乗る前のやり取りはこんな感じだった。



―――――――――――――――――――



『は、放せっ!チカン!』


『優樹?婚約者に対してその言葉はひどいよ?』


『やっ....やだ!行かねぇ!』


『優樹。』


『な、なんだよっ........放っ........』


『本当に優樹は可愛いね。でも、大人しくしないなら..........その口、俺ので塞ぐよ?』


『―――――ッ!』




――――で、今に至る。


男の免疫がない優樹には効果抜群だ。


浩司の車は高層マンションの地下駐車場に進んでいく。
優樹の家は一軒家だ。
いつか住んでみたいと憧れるマンションにこんなにも早く足を踏み入れることが出来るなんて夢みたい――――と、思いたいのだが........


現実は、浩司と一緒に住むかもしれないマンションって所。
全くもって納得いかない。窓の外を見つめながら膨れっ面満載。


指定された場所に車を停めると浩司は先に荷物を降ろす。
次に優樹を。
浩司は優樹に逃げられないようにさっと腰を抱いてそばに寄せる。
そして、逃げられないようにあの台詞を耳元で囁く。
優樹はビクリと素直に反応し、固まる。


そんな優樹の反応を確認し、入居者専用の入口前まで移動する。
勿論、隙あらば逃げようとする優樹は
『俺から離れるとここで襲うよ?』
と、脅される。


キッと睨んで腰にあてがわれた浩司の手をペチペチ叩く。
叩かれた浩司は優樹を見つめ微笑むだけ。
どれだけ心が広い男なんだか。


優樹は懲りずに悪足掻きを続ける。
何度も同じやり取りが繰り返されている。


「逃げないってば!この手 邪魔だって!」


「離さない。俺が触れていたいの。」


優樹もなんとか逃げようと身体を捻る。
勿論、逃げられない........


「わかった、もう逃げないって!!」


「煩いと、ご近所迷惑だよ?」


「煩くないもん!」


「キスするよ?」


「!!」


そんな言葉に素直に従う優樹に浩司は笑みをもらす。


ポケットからマンションの鍵と思われるものを取りだし自動ドア横の鍵穴に差し込む。
半回転させると『ピーピーピー』と、機械音が鳴る。その音が施錠解除の合図らしい。


不貞腐れた優樹を見下ろしながら笑みをもらす浩司は自動ドアを通りすぎて行く。
慣れない所に連れて来られた優樹はキョロキョロしてしまう。
足掻き続けていたのに、ホテルのようなエントランスを見て驚く。
相楽は、急に大人しくなった優樹を見下ろし、微笑む。


エントランスから少し歩いてエレベーターの前に到着する。
浩司の手は優樹の腰に添わせたままだ。


こんなにも女性の扱いをされたことがない優樹は変に緊張してしまう。
ドキドキするし、ソワソワもする。
自分の腰にある浩司の手を見つめると恥ずかしさで頬が赤くなる。


さっきまでこの腕の中から逃げたいと思っていたのに――――寄り添うように歩いていると触れ合う所から暖かさが伝わってくる。
あんなにも嫌だったのに。もう少し此のままで居たいと思う自分もいる。


この自分の動揺がバレてしまわないように『平常心を――』と気を張っている優樹に優しい声がかかる。


「俺たちの部屋は25階だよ。」


降りてきたエレベーターに乗り込み、行き先の階数ボタンを押しながら浩司は言う。
突然聞こえた低い声に驚いて見上げる。
優しい笑顔が自分を見下ろしていて動けなくなる。

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