たった一人の甘々王子さま


エレベーターが目的地に到着する。


促されるまま降りて『こっちだよ』と言われる方へ足を向ける。


玄関のドアが開くと、広いスペースがある。
そのまま目線を部屋の奥に持っていくと長い廊下の先にあるガラス窓にきれいな夜景が見えた。


「うわ~っ、めっちゃキレイ!」


夜景に目を奪われた優樹は靴を脱いで廊下を歩き出す。
廊下の先にある部屋に入るとそこはリビングだった。
しかも、腰から上が一面ガラス張り。
出窓のようにもなっているし腰掛けることも可能だ。
そこから見える夜景が大きな絵画のようで、いつまででも見ていたくなる。
興奮冷めやらぬ優樹に背後から声がかかる。


「気に入ったかな?」


浩司が優樹の隣に来る。


「此処に住めば毎日この景色が見られるよ?」


優樹の荷物をリビングのソファーに置いた浩司は、窓にもたれ掛かるように姿勢をとる。


優樹の顔から少しずつ笑顔が消えていく。
夜景を見ただけで興奮してしまった自分が恥ずかしくなった。
そんな気まずそうな顔つきの優樹に


「まさか、こんなにもすんなり部屋に入ってくれるとは思わなかったよ。」


夜景から優樹に視線を移し浩司が言葉を漏らす。
何も言えない優樹は俯いてしまう。
夜景に心を奪われて子供のようにはしゃいでしまった。


「悪い。自分....」


優樹が言葉を紡ぐ前に


「ねぇ、優樹?」


浩司が言葉を被せてくる。
が、優樹は俯いたままだ。
それでも構わず浩司は語りかけていく。


「急にさ、色んな事が一度に起きて戸惑うかもしれないけど、少しずつで良いから受け止めていってほしい。」


「えっ?―――――」


俯いた優樹が顔をあげて浩司を見る。


「突然、婚約者だと言われても困るよね。だけど、俺は優樹の傍を離れるつもりはないよ。優樹は忘れてしまったかもしれないけど、俺は優樹に逢えて変われたんだ。いつか優樹の隣に立ちたいって思いを胸に今まで頑張ってこれたんだよ。」


「――――自分は、アンタの事知らないよ?覚えてないよ?それなのに?」


「仕方がないよ。俺が一方的に覚えていただけの事だから。なんせ、優樹の生きている世界にほんの少し触れ合っただけだからね。もし、俺の事を覚えていたら......昨日、構内でぶつかった人の事も覚えている筈だよ。」


だからね―――――と、浩司は続ける。


「俺は、優樹が運命の人だって思えるから社長にチャンスを貰ったんだよ。いつか必ず優樹の心を振り向かせるって。俺の傍で笑顔で過ごしていけるようにするって。」


「――――なんで、自分なの?」


優樹は問いかける。


ここまで自分の事を思っていてくれるなんて――――
この人の人生を変えてしまうほどの事を自分がしてしまったの?
そもそも、いつ出会ったの?
何にも覚えていないし、わからない。


申し訳ない気持ちが溢れてくる。
だからって、自分が今するべき事って?
浩司に向けた視線を窓の外に向けて考える。

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