たった一人の甘々王子さま
「優樹くんも強くなったわね。」
ふと、涼子先輩から思わぬ言葉が来た。
「え、そう見えますか?」
優樹は驚く。
涼子先輩の観察眼は本当に凄い。
目を合わせると、心の奥まで見透かされていく感じがするのだ。
「あの時、いつかの練習試合が終わったあと、哀しみに包まれていたときに比べると........なんだけどね。」
涼子先輩、恐るべし!
優樹も動揺しないように言葉を選ぶ。
「そ、そうですか? 涼子先輩は良く見てますよね。強ち嘘でもないから返答に困りますよ。」
『アハハハハ......』なんて、から笑いしながらごまかすのが精一杯。
涼子先輩もそんな優樹を見て『クスッ』と微笑む。
廊下を突き当たり近くまで歩くとお目当ての部屋の前に到着した。
ドアを開けると長方形の部屋だった。
左右の壁際にベッドが2つ縦に並んで配置。一番奥にはテーブルと椅子が二脚あった。
「ベッドと、このロッカー。あるものは必要最低限の部屋よね。」
部屋に入ってすぐの右側に設置されているロッカーを開けながら涼子先輩は言う。
「本当に。確か、小学生も野外合宿で利用してるってコーチが言ってましたよね?」
優樹も荷物を置きながら答えた。
あとの同室の二人は誰なんだろうって思っていたとき、『ガチャリ』とドアが開いた。
「あ、涼子ちゃんと優樹くんだ!」
「え?本当に? やったー当たりの部屋だぁ!!」
ピョコっと顔を出したのは、楓先輩と遥香ちゃんだ。
楓先輩は涼子先輩と同級生。
遥香ちゃんは、優樹の1つ下。
1年生1人、2年生1人、4年生2人の部屋割りになる。
「今ね、梢ちゃんと部屋を探していたのね。で、夜に宴会を始める巴ちゃんとは同室になりたくないなって話していたの。ね、遥香?」
「そうなんです!宴会阻止なんて絶対に無理ですからね!同室の宿命です........もう、前回の合宿で懲り懲りしました........」
「だから、今回は涼子ちゃんと優樹くんだからもう安心よね!」
「はい。嬉しい限りです!で、さっきの話てすが、梢先輩と巴先輩が同室だったんですよ。梢先輩の青ざめた表情、お二人にも見せたかったです。」
みんなで着替えているのにも関わらず、お喋りしているのは楓先輩と遥香ちゃんだけ。
女の子と言うのは、こうやってお喋り大好きな生き物なんだろう。
優樹は微笑みながら1人静かに着替えを始めた。
上着を脱いで、いつものようにシャツを着てパーカーを......とそのとき、
「優樹くん、此処、どうしたの?季節外れの虫刺され?」
楓先輩が目敏く優樹のわき腹を指差して突っ込みを入れる。
勿論、優樹が驚いたのは言うまでもない。
「へ?何処ですか?あれ? まぁ、痒くないので気にしないでください。大丈夫です。アハハ....」
慌ててシャツを下ろしパーカーを羽織る。たぶん、優樹の顔は赤い。
「ふーん、そう?気を付けてね?ここも山だし、いろんな虫がいるだろうからさ。
じゃ、お先に!」
楓先輩はそれ以上なにも言わず、あっという間に部屋を出ていった。
「あ、楓先輩待ってくださいよ~! 先輩たちも急ぎましょ?」
遥香ちゃんもそう言って部屋を出ていく。
静かになった部屋には、涼子先輩と優樹だけ。
優樹はちょっと、いや、かなり気まずい........。
そんな優樹を見た涼子先輩が、
「優樹くん、大きなヤキモチ虫......飼い始めたのね。......御愁傷様。」
ポツリと呟くので、優樹の顔は『ボン!』
と、真っ赤だ。
「涼子先輩? え、なんで?」
優樹は、パニック。
何故に、バレる?
自分、何かしたのだろうか?
優樹の頭は?マークばかり飛び交う。
「フフッ......『経験者は語る』よ。パーカーは脱がない方がいいかもね。此処も結構目立つわよ。 さ、私たちも急ぎましょう。」
涼子先輩は自身の首筋に指先を向け、微笑む。
慌てて手のひらで首を隠す優樹。その動作が『肯定』しているというものだ。
その動きが可愛くて涼子も吹き出し、廊下へ出る。
ため息をつきつつ促された優樹も部屋を後にする。
『浩司のバカ! もう、バレたじゃないか! 部屋風呂がないから大浴場にに行かないとダメだし......はぁ、気が重いな........』
涼子先輩の後ろを歩き、浩司に対してブツブツ文句が出る。
優樹にとって、波乱の合宿生活の始まりだ。