たった一人の甘々王子さま
体育館では個別練習をするグループと試合形式で練習をするグループとに別れて、決められたメニューをこなしていく。
グラウンドでは体力面を強化するグループが練習している。
優樹はグラウンドで練習中。
練習メニューは基本男女別なのだが、1つのグラウンドで練習しているので他校の生徒とお近づきになりたい部員たちはチャンスとばかりに一緒に練習する。
体育館で練習するとそんな暇がないので、暑いな中、グラウンドで練習するメンバーの特権かもしれない。
トラックを利用して走り込みをしているとき、優樹も声をかけられた。
勿論、他校の女子生徒に。
「お疲れ様です。私、〇〇大学2年の桜井由梨です。隣、走ってもいいですか?」
これは、やっぱり、優樹を男として勘違いしてるのか?
許可もしていないのに、勝手に伴走し始めた。
可愛い顔して見定める視線が痛い。
ルックスはもちろん、身長、体幹........
兎に角、外見で判断できるところは全てチェックされている感じだ。
優樹も慣れたこととはいえ、やっぱり気分が悪い。
険悪なムードにならないように気を付けつつ、『立ち去って』と、願いも込めて話し掛ける。
「悪い。自分、今は1人で走り込みたいんだ。申し訳ないけど、後ろを走っている青いシャツのヤツのところに行ったらどう?さっきから君のこと見つめてるよ?」
優樹は視線をそらさず前を見たまま柔らかく断りを入れた。
が、彼女には通じなかった。
「あ、彼ですね?知っているので大丈夫です。グラウンドに着いてすぐに声を掛けられたけど、私のタイプじゃないの。□□大学3年の近藤さんだったかな?で、あなたの名前は?」
立ち去るどころか優樹の名前まで聞いてきた。
だからと言って、すぐに名前を言う優樹でもない。
「『タイプじゃない』って、今日会ったばかりだろ? 一言、二言会話しただけでそれはないと思う。 相手に失礼だよ?チャラそうにしてるヤツだって、実は仮面を被っているだけで根は真面目かもしれないだろ?」
「えー?チャラい人はやっぱりチャラいですよ?例外なんて見たことないです。
で、お名前は?教えてくださいよ。」
優樹は苛立ちを覚えた。会話しても無駄だと思い、隣にいてほしくなくて少し走るスピードを上げた。
『次のカーブを曲がり、直線に入ったら切り上げよう。』
しかし、彼女・桜井由梨も負けずに付いてくる。
女って、こんなにしつこいのか?
もしかして、浩司もこんな女に囲まれて仕事してるのか?
『それはちょっと可愛そうだな....』と、感じた。
ふぅ、と優樹は溜め息をついて
「田所。」
走りながら、名字だけ伝えた。
「田所、何さん?」
桜井由梨はめげない。優樹の下の名前も催促する。
『教える義理はない』と、言おうとしたとき優樹にとっては悪魔の声が響く。
「おい、お前、優だろ?久しぶりだな。」
グラウンドのトラック内でトレーニングしていたであろう男が声をかけてきた。
優樹もスピードを弱めて声を掛けて近づく男に視線を向ける。