たった一人の甘々王子さま


『ん?こいつ、誰だっけ?』


肩で息をしながら近寄ってくる男を見つめる。隣には桜井由梨もいる。


「田所さん、お知り合いですか?紹介してください。」


この台詞で、桜井由梨の興味は優樹からこいつに移ったのが分かった。
しかし、優樹もこいつが誰なのか思い出せない。


「おーい、浩太朗!優が此処にいるぞ!」


その男は、何故かコータローの名前を呼んだ。
あ、そういえば合同合宿をするに当たって参加する大学名にコータローの学校があったのを思い出した。


「コータロー......こっちにいるんだ。何処?体育館じゃねーの?」


弾んだ息が落ち着き、優樹が浩太朗を探す。桜井由梨はほぼ無視。


「なんだよ、おまえ。俺のこと忘れたのかよ?」


男は、優樹のおでこにデコピンをする。


「いってーな!」


『お前にデコピンされる謂れはない。』というような目で睨む。
浩太朗も優樹のそばに駆け寄ってきた。


「智(サトシ)、なにヤってんだよ。まだ筋トレ終わってねーぞ!『バシッ!』」


コータローが智という男の背中を叩く。


「イッテーよ!浩太朗も優がいること教えてくれりゃ良いのによ、水臭いな。」


優樹のことを俊樹や浩太朗みたいに馴れ馴れしく呼ぶこの男、いったい誰だ?
優樹の頭の中の記憶の引き出しがフル稼働中だ。


その時、優樹の隣に引っ付くように立っていた桜井由梨が、


「はじめまして。私、〇〇大学の桜井由梨です。皆さんのお名前聞いても良いですか?」


優樹が頼りにならないと思ったのか、自分からグイグイアピールし始めた桜井由梨。
女子力高めの笑顔を振り撒いている。


そんな桜井由梨の鼻をへし折るように智がキツイ言葉を放った。


「は?お前に用はねーよ。俺は優と話してんだよ。男漁りしてんならあっちのヤローにでも声かけてこい。」


そう指を向けたのは、さっきからこちらの様子をうかがっている青いシャツの近藤だ。


『なんだ、こいつもよく見てんだな。』


優樹は『ふっ』と、笑ってしまった。


智に言い負かされた桜井由梨はなにも言わずその場を立ち去った。
グラウンドを後にした桜井由梨を追いかけていったのは青いシャツの近藤だった。


ちょっと、可哀想だったんじゃ......と、桜井由梨の背中を見つめた優樹に、


「優、お疲れ。」


浩太朗が声を掛け、優樹も挨拶を交わす。


「あぁ、コータローもお疲れ。」


浩太朗は、智という男のそばにいる優樹に驚き、


「優、おまえちょっとこっち来い。智はサボらずに筋トレしろよ!」


優樹の腕をつかんでグランドの端に設置されている洗い場まで移動した。
遠くで智の『わかりましたよ~』って返事が聞こえた。


「智に捕まっちまったな......大丈夫か?」


浩太朗のはじめの一言に首をかしげる。
そんな優樹に浩太朗も眉間に皺が寄る。


「おい、忘れたのか?って言うか忘れたいんだよな? 俺、俊から聞いてるからさ。ちゃんと解ってるし。出来るだけ近づけないようにしてたんだけど......まさか、優が此方で走り込みしてるなんて思わなかったからさ。」

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