たった一人の甘々王子さま


あの男は『智』と言う。
忘れたい?
俊から聞いた?


記憶の隅で隠しておきたい箱が開く。


「あ、智って......篠沢(シノザワ) 智だ。 コータローと同じ大学なんだ........そっか、そっか。」


優樹が自己完結して頷く。
いつもの雰囲気ではない優樹が浩太朗には不安だ。


「おい、優。本当に大丈夫なのか?アイツなんだろう?優が男らしくなった原因。」


優樹のトラウマ。
そう。あいつの心ない言葉で深くキズつき、泣いた。
これでもかってくらい大泣きした。


「なぁ、コータロー。........何であいつ自分の事分かったんだろう?自分さ、小学生の頃に比べると結構変わったと思うんだけど。ほら、髪も切ったし、男っぽくなったし........」


優樹は浩太朗を見上げて聞いてみた。
少し身体が震えている優樹に気づいた浩太朗は、その問いに対してすまなそうな顔をした。


「悪い、優。実はさ、合宿に来る前に俊と会ってたんだよ。今回のこと相談するために。そうしたらさ........その時、偶然に智と遭遇して........」


浩太朗は、合宿が始まる前に、俊樹に会っていたのだ。今回の合宿で智と優樹が遭遇する確率がないとは言い切れないからだ。


浩太朗は俊樹から事のなり行きを聞いてはいたが、『誰が』優樹に対してきをつけたかまでは聞いていなかったから。


「そっか、俊に会ったんだ。だから男の姿でも分かったんだ。双子だもんな、似てるしな........」


優樹が水場の縁に腰かけ俯く。両手で顔を覆って。


「存在を忘れるくらい会いたくなかったけど..........いつかは何処かで会ってたよな。
まぁ、コータローが居るときで良かったのかもな。」


優樹が力なく答えて、さらに前屈みになる。


「優? 無理するな......今日は、早めに切り上げたらどうだ?」


浩太朗が優樹の肩に手を置いて声をかけたら、優樹の首筋にある赤い花を見つける。
が、あえてそこには触れない。
『相楽さん、独占欲強そうだもんな。』
と、思うだけで。


「はぁ、そうしよっかな。今回の合宿、楽しみにしてたのに..........」


優樹は項垂れた。


「優、俺さ思うんどけどさ。」


そんな優樹に浩太朗が声を掛ける。


「ん、なに?」


優樹も、隣に立つ浩太朗を見上げた。


「智さ、子供っぽいって言うかまさにガキ大将?まぁ、今もだろうけど。きっと、ガキの頃は和を掛けてヤンチャだったと想像できるよ。そして、優のとこ好きだったんだよ。だけど、智はそれを認めたくなくて優をキズつけた。子供の頃によくあるパターンだよ。『男は好きな女子の事ほど苛める。 』ってね。
だからさ、アイツに相楽さんの存在を解らせたらいいんだと思うよ?」


「え?アイツが自分のことを好きでいじめてた?マジで?信じられない。それに、何で昔いじめられてたヤツに大事な浩司のこと話さないとダメなわけ?また苛められるのヤダよ。あ、髪は短くなったから引っ張られないか........」


段々と、智という男に虐められていたことを思い出してきた。
言葉や態度で........
そして、いつも俊に助けられてた。





「そう。相楽さんなら優を守ってくれるさ。それに、相楽さんは智の攻撃なんか喰らわないよ。逆に打ちのめしてくれるさ。きっと、俺よりもスマートに優の事守ってくれるよ。ちゃんと『お守り』、もらってるんだろ?」


首をかしげて浩太朗を見るとニヤリ顔で首筋を指していた。


「ここの赤い痕、相楽さんだろ?」


「へっ?」


慌てて首筋を手で隠す。
『バレた!またバレた!』
優樹の顔は真っ赤だ。


「........そんなに、コレ直ぐ分かるもんなの?」


浩太朗に恐る恐る聞いてみる。
こんなこと俊やエミ以外なら浩太朗にしか聞けない。


「キスマークか?まぁ、虫刺されとはちょっと違うしな。膨らみがないし。『俺のモノ』って独占欲の現れだろ? 首筋はつける場所の1つだからな。女の子のそこに痕があれば、もう誰かのモンだと解るさ。」


「ふーん、そうなんだ。じゃあさ、何で胸の下にもつけるの? 誰かに見せつけるならここは不向きじゃん。 服着てるからここだと他人には分かんないし。」


「ブッ!!」


優樹の質問に浩太朗も思わず吹き出した。


「........優~。お前、そんなこと誰かれ構わず聞くんじゃねーぞ?」


「あ、そうなの?ごめん。って言うか、それくらいわかってるよ........」


ちょっとふくれる優樹。


「優の恋人やってる相楽さん、尊敬するわ。とりあえず、今の質問はノーコメントで。 こんなにも無垢なお前の相手って........優は知らぬ間に爆弾落としてる感じだな? 相楽さん、御愁傷様。 じゃあ、戻るぞ。」


背を向けて先にグラウンド向かう浩太朗が
『つぅーか、相楽さんとの情事を知らされる身にもなれよ......これでも、お前の事惚れてたんだぜ?』
そう呟いた。
その声は優樹に聞こえていないが。


「あ、コータロー!」


優樹の呼び掛けに歩みを止める。


「あのさ、お願いされたことあってさ。浩司の前だとコータローのこと『コータロー』って呼べなくなった。だから、コータローも........」


「相楽さんの前だと『優』って呼べないんだな? 分かった、気を付ける。 やっぱりヤキモチ妬きまくってんだな、相楽さん。優、スゲー女だな、オマエ。」


何がすごいのかわからない優樹は首を傾げるだけ。


「相楽さんの心を掴んで離さない優が凄いってこと。」


「そんなつもりないんだけど?」


「そう、それ。そんな優に相楽さんは惚れてるんだよ。」


『お前はそのままでいろよ。』っていう浩太朗言葉が嬉しい優樹だった。
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