たった一人の甘々王子さま
救護室に到着した。
ベッドに涼子先輩を寝かせて、優樹と浩太朗は扉へ向かう。
扉前で優樹は振り向き
「楓先輩、付き添い頼んでも良いですか?」
と、声をかける。
「もちろん、任せて。目が覚めたら部屋に連れていくわ。」
『よろしくお願いします。』
と、言って部屋を出た。
「コータロー、付き合わせてすまなかったな。あ、あとさ........」
「智の事か?」
浩太朗の言葉に驚く。
「自分、そんなに分かりやすかった?」
「まぁな。ガキの頃から、って言うか男の仮面被ってるときからだけとさ。その頃からの付き合いだろう? 大抵の事は解るさ。俊には負けるけどな?」
やっぱり浩太朗は優しい。
「さっきさ、あいつが声かけてきたんだけど、涼子先輩の事で一杯だったから........結構キツイ言葉投げたけちゃったんだよ。ヤな感じだったよな?」
優樹の気持ちが凹んでいく。
「優も大概優しいよな~。昔、自分をひどく傷つけたヤツの事なんで心配しないだろう?お返し位に思っていてもバチは当たらないと思うぞ?」
「そうか?コータローがそう言うならちょっと気が楽。謝んなくてもいい?でも、なんかさ......」
「あのさ。他の男の事を考えていると相楽さんが飛んできて優のこと襲っちまうんじゃねーの? ほら、4階の角部屋から5つ空いてるからそこで。どうやらカップル成立者用の部屋みたいだぞ?」
浩太朗が優樹に冗談混じりで指を上に向ける。
「まじで?そんな部屋あるの?って言うか、浩司は仕事忙しいから来れねーよ!」
「仕事か......それは残念だな。部屋についてはマジだぞ。」
優樹は少し頬が赤くなる。
「自分にはそんな部屋、関係ないよ........」
そう言うのがやっとだ。
「さて、ソロソロお昼じゃね?優たちの予定は?」
浩太朗が巧く話を切り替えてくれた。
切り返しの上手さは流石だ。
「確か、午後は自主連かな。遊びで体育館使ってもいいし、身体休めてもいいし。レギュラーメンバーだけはもう少し詰めたメニューだったかな。午前も午後も。」
「優、そんなお前はレギュラーメンバーだろう?」
「あ、うん。一応ね。」
「なのに、午前は自主連?午後も自主連?別待遇だな。」
優樹に質問攻め。
「うーん、自分さ、男っぽく見えるからさ。えっと、何て言うの?秘密兵器?」
「マジか?やるな、お前んとのコーチ」
「合宿ではお披露目させたくないんだってさ。 それに、試合には先輩たちに出てもらいたいのもある。涼子先輩達は今年で終わりだし......」
優樹と浩太朗が話ながら廊下を歩いていると壁に凭れかかった篠沢智が居た。
「あれ?智、ここでなにやってんだよ。」
まず、浩太朗が声をかける。
その声に反応して智は顔を上げた。
「......浩太朗と、優......」
優樹は反射的に浩太朗の背に隠れた。
さっきは興奮していたから何とも思っていなかったのだが........落ち着いて、思い出した今では智の顔を見ることができない。
そんな今、智と向き合って会話をするなんて無理だ。
浩太朗の背に隠れたまま身体が震える。
智は、そんな優樹に気にすることなく話し掛けてきた。
「浩太朗、午前の練習もうすぐ終わるぜ? 取りあえず、さっきの事故の件は全員の耳に入ったはずだ。あんだけ大騒ぎしたら当たり前か........」
智は少し、聞き込みをしていたようだ。知り得た情報というのは
『階段から落ちた女性、さっき俺らに名前聞いてきたちっこい女とぶつかったみたいだぜ?ほら、あの女を見ていた青いシャツの男がいただろ?アイツと階段を上って踊り場に来たときあの女性が休憩していたらしい。男は振り向かないちっこい女に見切りをつけて、休憩中の女性に声を掛けたらしいわ。それを面白く思わなかったちっこい女がわざとぶつかって落とした。っていうか落とされたみたいだ。』
なんと勝手な話だ。
優樹は呆れてものも言えない。
浩太朗の背中で聞いていた優樹は溜め息をついた。
『練習が終わったらお見舞いにいこう。』
そう思った優樹に声がかかる。
「おい、優。ちょっと来い、話がある。」
智だ。
智は優樹を呼び出す。
驚いた優樹は、まだ浩太朗の背に隠れたままだ。