たった一人の甘々王子さま


優樹は俯いたまま智を見ない。
智は腹を括って優樹を見る。


「優。」


智が呼ぶ。
優樹『ビクッ』と、肩を震わせる。そして、恐る恐る智に視線を向けて、


「........田所。」


と、名字を口にした。


「は?」


智には意味がわからない。
優樹は、浩司との約束を話す。


「......家族以外は、自分のことを下の名前で呼んで欲しくない。」


「浩太朗は呼んでるじゃねーか!」


智はすかさず突っ込む。


「コータローは、半分家族。でも、お互いに気を付ける。」


『チッ』と、智の舌打ちが聞こえる。


「じゃあ、田所。ガキの頃、お前の事を傷つけて悪かった。浩太朗の言う通り、お前の事が気になってた。好きだった。それをツレに知られて『俊樹と同じ顔したヤツが好きってお前は男が好きなんだ。』とかからかわれて......自分を守るために田所を傷つけた。........ごめん。だから、これからは友達として付き合えないかな?」


優樹は何も言わなかった。
言えなかった。
本当は、逃げたかった。
でも、浩太朗がそれを許してくれない。


『今、少しだけでいいから頑張って耐えろ。それで全てにケリが着くんだから。俊の代わりに俺がここに一緒にいるから。な?』


そう言われたら、優樹も向き合うことを決める。
だが、智の話を聞くだけ。
それも、浩太朗が居てくれるから出来ること。
一人だったら逃げ出して向き合うことすら出来ないでいた。


「優?大丈夫か?」


浩太朗か優樹を伺う。
優樹の左目から涙が一筋流れ落ちた。


「......大丈夫じゃない。......あの時の事は許せない。........もう無理。」


優樹は淡々と語り出す。
今度は、智が黙った。


「......もう無理。あの時の事、許すことは出来ない。......だけど、理解する。
......もう、あの頃には戻れないし戻りたくない。今さら変われない........。可愛い女になんて戻れない........」


涙を流して語る優樹に浩太朗は『頑張ったな、もういいぞ』って言ってくれる。
優樹は頷く。か、さらに言葉を続ける。


「でも、それでいいって......『わたし』って言えない自分でも良いよって言ってくれる人かいる。..........自分は、その人が傍にいればいい。他は......何も、要らない。」


優樹の両目に涙が溢れた。
泣き顔を見られたくなくて横を向いて自分の服で涙を拭う。
パーカーの胸元を持ち上げて涙を拭いた優樹を見て智の目が見開く。


「おい、ゆぅ....じゃなくて、田所......おまえ、その脇腹の痕......」


優樹より浩太朗の方が気づいた。
優樹が持ち上げているパーカーのの裾を慌てて引き下げ、晒されていた肌を隠す。


そして優樹の耳元で


「優、相楽さんが付けたわき腹のキスマーク、完璧に智にバレたぞ。」


『ボン!!』


優樹のかおが真っ赤になったのは言うまでもない。

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