たった一人の甘々王子さま
『相楽家の傘下にある子会社の下請けが犯人なのですが........本当は子会社のせいで倒産に追いやられた。なのに、子会社の方は相楽家が指図したと嘘の情報を流したんです。それを真に受けてなんとか取り繕うと下請けはあの時のパーティーに潜り込んで情報を得ようとしたんです。』
浩司が俊樹の方へ視線を向ける。
『そこで丁度二人の姿を見たようです。あなたを巻き込むよりも、小さい女の子である優樹を利用する方が得策だと考えたのでしょう。その日から、優樹は一週間軟禁されていました。』
浩司は俊樹の話を聞きながら苛立ちを隠せない。
俊樹も続けて話していく。
『優樹は何処かの山荘まで連れていかれ、ユニットバスのある部屋に閉じ込められて居たそうです。その部屋では手錠や足枷はされていなかったが、食事を運んでくれる人以外は誰とも会うことがなかったようです。..........結果、優樹は解放されたのですが........』
俊樹は言葉に詰まる。
目頭に指を当て、
『優樹は......かなりの精神的ダメージを負ったのか、会話すら出来ない状態で発見されました。........もちろん、その時の記憶もない。』
浩司の拳が強く握られる。
『........事件があると、検察や警察が事情聴取しますよね? 質問されたその時の優樹........俺、今でも覚えてますよ。........まだ4歳ですよ? ......あのとき、初めて優樹がどれだけ怖い思いをしたの解りました。』
言葉に詰まりながら俊樹は続ける。
『事件の質問された途端、優樹は震え出したそうです。......それまで自分の名前や年齢とか答えられていたんですよ。 大人たちが優樹を落ち着かせようとしたんですが、言葉にならない叫び声をあげて、近くの物を投げ始めたんです。 大人たちが押さえつけると、今度は叩いたり、蹴ったり、噛みついたり........何かから逃れようと必死だった。 部屋の外にいた俺でも分かるくらい激しく........。 部屋から父親が出てきて、俺が呼ばれて部屋の中に入ると、押さえつけられた優樹と目が合いました。』
浩司は、俊樹が話している内容をすべて受け止めようとしている。
『俺、情けないけど動けなくって........黙って見つめていたら優樹が俺の事を呼んだんです。「とし、たすけて」って........』
俊樹はそのときの優樹を思いだし言葉に詰まる。
『........その後、心理カウンセラーの先生や心療内科の先生たちと話し合うことになるんですが、俺も立ち会ったんです。 優樹が俺から片時も離れなかったせいもあるんですが。
そして、優樹がこの事件を思い出さないように、記憶の奥に閉じ込める事にしたんです。 もう二度と思い出さないように。』
浩司もやっと優樹の記憶がない意味がわかった。
『事件のことのみを封印することはできないので、どうしても前後の記憶もなくなるって言われました。だから、優樹があなたの事を思い出さないのは仕方がないんです。』
『記憶の操作をされていたんだね........』
そう呟き、浩司も納得していく。
と、同時に悔しさや苛立ちも沸き起こり、止まることがない。
なぜ、あの時傍にいて不振な人物に気づかなかったのか。
なぜ、父親は知らせてくれなかったのか。
自分も当時は子供だったのだから仕方のないことなのだから、受け入れるしかない事実。
『優は、心の奥底に男に対しての恐怖心を植え込まれ、閉じ込めたまま成長しました。そのせいなのか、自分でも気づかないうちに男を避けていたんですよ。クラスメイトですら。そして、ここで篠沢智の登場です。』
俊樹の口から、一人の男の名前が出て浩司も反応する。
『こいつのせいで優の男らしさに拍車がかかったんです。よくあるヤツですよ、バカな男ほど好きな女の子にイタズラをしてしまうってヤツですよ。』
俊樹も明るく話す。
が、すぐに真顔になり
『それ以来、小学校を卒業するまで、極端に男を避け、自ら男らしく振舞い、常に一定の距離をとって生活してました。優樹は女である自分を認めて、受け入れることが出来ないんです。家族以外で愛を注いで包み込んでくれる人がいないから。』
『俊樹くん........』
『だから、知らなかったとはいえ、優のことを愛し包み込むと言ってくれた浩司さんには感謝すらします。こんな傷を負った優と向き合っていく覚悟があるならば、俺は全面的に協力しますよ。』
俊樹は言葉をいい終えた。
しかし、浩司は気になったことがあった。
『俊樹くん、一回目の誘拐って言っていたけど、2回目もあったのかい?』
『流石ですね、聞こえてたんですね。これでもサラリと流したつもりだったんですよ?』
重苦しい雰囲気を茶化すような声で空気を替える。
『おっしゃる通りです。次は優樹が中学生の頃なんです。このときは相楽家は一切関係ありません。........半分は俺の責任ですから。』