たった一人の甘々王子さま
「ただいま~」
教育実習初日を終えて帰宅した優樹。
静かな部屋は浩司がまだ帰宅していないことを表している。
今の時間は午後10時。
授業を終えて、会議に参加して明日の打ち合わせをし、実習生3人で『初日お疲れさん会』と称して晩ごはんを食べてきた。
もちろん、浩司に連絡を入れたら
『楽しんでおいで。俺も会議が入ったから今夜は遅くなりそうだし。お風呂入って先に寝てなよ?』
と、返事が来たのだ。
「明日の準備して、お風呂入るか。」
ボタンひとつでお風呂を沸かし、自室で明日の準備。鞄の中からお弁当箱を取りだし、昼間のやり取りを思い出した。
「浩司って、彼氏なのかな?........違うよな?........婚約者だよね?ハァ、説明するのめんどいな........」
優樹がため息混じりに呟くと、廊下からいつもの心地よい声が聞こえた。
「........もう、旦那だって言えばいいよ?悩むくらいならさ。」
「浩司........。」
優樹が振り向くと大好きな笑顔があった。今日は少しお疲れのようだが。
「何かあった?それとも何か言われた?」
スーツを着替える間もなく、帰宅してすぐに優樹の部屋に来たのだろう。ネクタイを緩めながら優樹の傍まで近づく。
「今日のお昼、浩司の事を......彼氏の家に泊まりに行ってるんだろ?とか、根掘り葉掘り聞いてくるから逃げた。........だから、疲れた。」
「それはまた、初日から標的にされたね?優樹は素直だからすぐ態度に出るし、狙われるのもわかるよ。で、俺の聞きたいのはそこじゃないよ?」
優樹の手を引いて優樹の元ベッドに二人並んで腰掛ける。
浩司の聞きたいことって?なんて顔をするので、
「実習生、同僚は男だった?」
少しキツい口調になる浩司。
優樹も、あ、それね?って雰囲気で
「笹木慎太郎くんと、支倉佳苗さんの二人だよ?」
と、こたえた。
その一人の名前に反応した浩司が
「支倉......佳奈?」
と、名前を繰り返した。
「え?違うよ、『香苗さん』だよ。」
優樹は名前の言い違いを訂正したのだが、不安げな表情に。
然り気無く浩司のスーツの裾を掴む。
そして、
「浩司......『佳奈』って........誰?」
聞き覚えのない名前を問いただす。
そんなヤキモチな仕草に嬉しくもある浩司なのだが、
「ごめん、不安にさせたね。学生時代の知り合いに同じ名前の人が居たんだよ。その人はもう結婚したし。もう関係ないから、心配しないで。」
優樹の不安を取り除こうとした浩司はそっと肩を抱き寄せ、説明する。
が、優樹のある思いを決定付けたのだ。
「......元カノだ......」
と。
「へーっ。浩司には、居たんじゃん、ちゃんと好きなひと。ふーん、そう。比べてたんだ。自分、こんなだし。......成長してないし。........ご飯作れないし。..........お弁当だって。........グスッ」
初日の緊張から解放されて、浩司の反応する部分にヤキモチを妬いた優樹は嫌な気持ちが溢れ出て吐き出す。
そんな可愛らしいヤキモチに浩司が気づかないわけがない。
「優樹、泣かないで。」