好きじゃなくてもいいよ
めぐと並んで下駄箱の前に着くと、私が大好きな香水のにおいがした。

――翔だ…

振り向かずに、そう確信する。

「はよー、中沢、高山。」

低く響く声が、頭上から降ってくる。

ドキン、と大きく胸が跳ねた。

そんな私の真後ろに立ち、翔は私の上靴の入った下駄箱の二つ上へと手を伸ばす。

「お、はよー翔!!」

めぐが元気に挨拶を返すのにハッとして、私も口を開いた。

「あ、おはよう…」

「なんだよ中沢、元気ねーの?」

思ったより掠れた声が出てしまい、翔が私の顔を上から覗き込んでくる。

180センチを越える翔からすれば、152センチの私なんて子供のように見えることだろう。

「元気なくないよーだ!!っていうか近い!!」

頬の赤さに気づいて欲しくなくて、翔の顎を手で押し上げた。

「あははっ!!ほんと、中沢って見た目と違ってシャイだな~。」

楽しげに笑い、翔が上靴を履いて校舎の中へ入っていく。

その後ろ姿を見ながら、私はボソッと呟いた。

「翔だって…見た目と違って…一途なくせに…。」







片桐 翔。

それが、彼の名前。

私の好きな人の名前。

なんならアイドルになれるんじゃないかってくらい甘いマスクに、高身長。

おまけに少し意地悪。

勉強は…若干苦手な様子。

これでモテないわけがない。

高校の入学式で一目惚れしてから、ずっと翔を見てきたけど…この二年間で彼は何回告白されただろう。

そして、何度それを断っただろう。

考えるだけで切なくて、泣きたくなる。

翔には恋人はいない。

でも、好きな人がいるのだ。

これは、私しか知らない秘密だ。
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