ビターチョコ
そんなこんなで、恋人が街に溢れる12月24日が来た。
街はきらびやかに装飾されて、恋人が歩く夜道を照らしていた。
私は、拓実くんと待ち合わせをして、私にしては珍しく、ショッピングモールに行った。
拓実くんの好みを全く知らないから、知りたかったというのもある。
結局、何がいいのかなんてわからないまま、イルミネーションを2人で見ただけのデートになってしまった。
電車に乗って帰ろうとホームを歩く。
その時、人でごった返す駅の中で、うずくまっている女性を見つけた。
人垣をよけながら、その人のところに向かう。
人混みで酔ってしまったのか。
そのときはそう思った。
しかし、違った。
うずくまっている女性の周りの地面だけが、上からバケツの水でも掛けられたかのように濡れていた。
鞄には、マタニティマークがついていて、誰が見ても妊婦だと分かる大きさのお腹だった。
……破水か。
破水したままは危険だ。
陣痛前に破水すると赤ちゃんを守っている卵膜が破れ、子宮内に細菌が入りやすくなり、胎児が病気に感染しやすくなる。
羊水が減ることで赤ちゃんに充分な酸素が送られなくなることもあるのだ。
こうなることは、避けなければ。
そこからの行動は、早かった。
拓実くんと目を合わせて、どちらからともなく頷いた。
拓実くんが、自分のスマホに何やら文字を打ち込んで、その画面をうずくまっている女性の前にしゃがむ。
『母子手帳にある病院の名前、見せて下さいますか』
女性は、鞄の外ポケットを必死に指し示す。
忍びないが鞄の外ポケットに手を伸ばし、母子手帳を見る。
かなり分厚く、付箋がたくさん貼られていた。
マメに、健診での様子も記録してあるようだった。
それだけ、自分の子供に会うのを楽しみにしているのだ。
……是が非でも、救わなければ。
そう思わせてくれた。
表紙に書かれていたのは、私の母の後輩がいると凛さんからかつて聞いていた病院の名前だった。
愛誠産婦人科。
担当医の三波 朱音という名前も、おぼろげながら記憶にある。
たしか、今はバリバリの産婦人科医としてキャリアを積んでいるはずだ。
その番号に掛ける。
「朱音さん、いますか?
岩崎 理名。
岩崎鞠子の娘です。
貴院をかかりつけにしている柏木 志穂さんが破水されています。
どうしたらよいですか?
……分かりました。
タクシーを手配して、すぐに病院に。
ありがとうございます。
失礼します」
すぐに病院に来てほしいとのことだった。
「何かありましたか?」
私たちの様子を見て、男の駅員さんが駆けつけて来てくれた。
「柏木」とネームプレートには書かれている。
女性の様子を見やってすぐに、担架を出してきてくれた。
拓実くんと駅員さんとで、
女性を担架に乗せる。
駅員さん専用の裏口から外に出させて、少し私たちを待たせたと思うと、先程の駅員さん自らが車を運転してやってきた。
私は、女性の方の背中を時折さすってあげるしかできなかった。
「手際よかったねぇ、さすがアベックってところか。
図らずも俺の妻をたまたまとはいえ救ってくれて感謝しているよ、本当にありがとう」
駅員さんの言葉に、2人で顔を真っ赤にする。
「そういうところだけは高校生らしいのな。
もっと子供らしくしようぜ。
人生楽しくねえよ?」
そんな台詞を、聞き流す。
車はなるべく人がいない道を、法定速度ギリギリのスピードで走った。
病院に到着したら、後はプロの仕事に任せるしかない。
あとは、素人の高校生が手を出せる領域ではない。
「2人とも。
ありがとうございました。
2人がいてくれて、患者さんを危険な目に遭わせずに済んだわ。
医師として、お礼を申し上げます。
優秀ね。
鞠子さんの娘さんも、桐原医師の息子さんも。
ホント、いいカップルだわ。
2人ともまとめて、私の出身大学、成都輪生大学医学部に推薦状を書きたいくらいよ。
私にそんな権限がないのだけが、本当に残念だわ」
駅までは、その駅員さんが送ってくれた。
拓実くんは、危ないからと私の家まで、一緒に帰ってくれた。
プレゼントも渡せない、クリスマスらしくないクリスマスになってしまった。
せっかく、相手が隣にいるのに。
何か言おうと口を開いたときに、身体が引き寄せられた。
え、なにこれ。
どういう状況?
私の少し上に拓実くんの顔がある。
視界に入るのは、彼の着ているネイビーのピーコート。
どうやら、今、私は彼に抱き寄せられているらしい。
「理名ちゃん。
俺の練習試合見に来てくれたときに言おうと思ったけど、言いそびれたから今言う。
俺と付き合う、つまり恋人同士になるってことを、真剣に考えてほしいんだ。
俺は、理名ちゃんと一緒にいたい。
返事は、いつでもいい。
お互い忙しいんだし、すぐに返事くれなんて言わないから。
ゆっくり考えて。
今日はゆっくり休んでね、ありがとう」
それだけをやや早口で言うと、軽く私の頭を撫でた。
私の身体を名残惜しそうに解放して、拓実くんは走り去って行った。
街はきらびやかに装飾されて、恋人が歩く夜道を照らしていた。
私は、拓実くんと待ち合わせをして、私にしては珍しく、ショッピングモールに行った。
拓実くんの好みを全く知らないから、知りたかったというのもある。
結局、何がいいのかなんてわからないまま、イルミネーションを2人で見ただけのデートになってしまった。
電車に乗って帰ろうとホームを歩く。
その時、人でごった返す駅の中で、うずくまっている女性を見つけた。
人垣をよけながら、その人のところに向かう。
人混みで酔ってしまったのか。
そのときはそう思った。
しかし、違った。
うずくまっている女性の周りの地面だけが、上からバケツの水でも掛けられたかのように濡れていた。
鞄には、マタニティマークがついていて、誰が見ても妊婦だと分かる大きさのお腹だった。
……破水か。
破水したままは危険だ。
陣痛前に破水すると赤ちゃんを守っている卵膜が破れ、子宮内に細菌が入りやすくなり、胎児が病気に感染しやすくなる。
羊水が減ることで赤ちゃんに充分な酸素が送られなくなることもあるのだ。
こうなることは、避けなければ。
そこからの行動は、早かった。
拓実くんと目を合わせて、どちらからともなく頷いた。
拓実くんが、自分のスマホに何やら文字を打ち込んで、その画面をうずくまっている女性の前にしゃがむ。
『母子手帳にある病院の名前、見せて下さいますか』
女性は、鞄の外ポケットを必死に指し示す。
忍びないが鞄の外ポケットに手を伸ばし、母子手帳を見る。
かなり分厚く、付箋がたくさん貼られていた。
マメに、健診での様子も記録してあるようだった。
それだけ、自分の子供に会うのを楽しみにしているのだ。
……是が非でも、救わなければ。
そう思わせてくれた。
表紙に書かれていたのは、私の母の後輩がいると凛さんからかつて聞いていた病院の名前だった。
愛誠産婦人科。
担当医の三波 朱音という名前も、おぼろげながら記憶にある。
たしか、今はバリバリの産婦人科医としてキャリアを積んでいるはずだ。
その番号に掛ける。
「朱音さん、いますか?
岩崎 理名。
岩崎鞠子の娘です。
貴院をかかりつけにしている柏木 志穂さんが破水されています。
どうしたらよいですか?
……分かりました。
タクシーを手配して、すぐに病院に。
ありがとうございます。
失礼します」
すぐに病院に来てほしいとのことだった。
「何かありましたか?」
私たちの様子を見て、男の駅員さんが駆けつけて来てくれた。
「柏木」とネームプレートには書かれている。
女性の様子を見やってすぐに、担架を出してきてくれた。
拓実くんと駅員さんとで、
女性を担架に乗せる。
駅員さん専用の裏口から外に出させて、少し私たちを待たせたと思うと、先程の駅員さん自らが車を運転してやってきた。
私は、女性の方の背中を時折さすってあげるしかできなかった。
「手際よかったねぇ、さすがアベックってところか。
図らずも俺の妻をたまたまとはいえ救ってくれて感謝しているよ、本当にありがとう」
駅員さんの言葉に、2人で顔を真っ赤にする。
「そういうところだけは高校生らしいのな。
もっと子供らしくしようぜ。
人生楽しくねえよ?」
そんな台詞を、聞き流す。
車はなるべく人がいない道を、法定速度ギリギリのスピードで走った。
病院に到着したら、後はプロの仕事に任せるしかない。
あとは、素人の高校生が手を出せる領域ではない。
「2人とも。
ありがとうございました。
2人がいてくれて、患者さんを危険な目に遭わせずに済んだわ。
医師として、お礼を申し上げます。
優秀ね。
鞠子さんの娘さんも、桐原医師の息子さんも。
ホント、いいカップルだわ。
2人ともまとめて、私の出身大学、成都輪生大学医学部に推薦状を書きたいくらいよ。
私にそんな権限がないのだけが、本当に残念だわ」
駅までは、その駅員さんが送ってくれた。
拓実くんは、危ないからと私の家まで、一緒に帰ってくれた。
プレゼントも渡せない、クリスマスらしくないクリスマスになってしまった。
せっかく、相手が隣にいるのに。
何か言おうと口を開いたときに、身体が引き寄せられた。
え、なにこれ。
どういう状況?
私の少し上に拓実くんの顔がある。
視界に入るのは、彼の着ているネイビーのピーコート。
どうやら、今、私は彼に抱き寄せられているらしい。
「理名ちゃん。
俺の練習試合見に来てくれたときに言おうと思ったけど、言いそびれたから今言う。
俺と付き合う、つまり恋人同士になるってことを、真剣に考えてほしいんだ。
俺は、理名ちゃんと一緒にいたい。
返事は、いつでもいい。
お互い忙しいんだし、すぐに返事くれなんて言わないから。
ゆっくり考えて。
今日はゆっくり休んでね、ありがとう」
それだけをやや早口で言うと、軽く私の頭を撫でた。
私の身体を名残惜しそうに解放して、拓実くんは走り去って行った。