ビターチョコ
見知った顔を見ると昂ぶった感情が堰を切ったように溢れ出し、気が付いたら大泣きしていた。

呆気に取られたように、口をポカンとさせる一同。

あくまでも冷静に、拓実くんが今日のバイトでの経緯を伝えてくれた。

話を黙って聞いていた皆は、誰も何も言えないようだった。

少しの静寂が、辺りを包んだ。

「なるほど?
裁判になったら、私のパパの幼馴染の弁護士を手配してもよいのだけれど。
私も顔見知りだし。

それでも、民事になると勝率は低そうね。
どう頑張っても、そちらの過失になるから。

ただ、理名ちゃんたちが心臓マッサージやらAEDやらで命を救おうとした事実は、評価はされるはずね」

彩さんが口火を切る。

こういう膠着状態のときに、進んで意見ができるところは、さすがは私たちより人生経験が豊富なだけある。

「私たちは、別の心配をしなくちゃいけなさそうね、華恋」

深月が口を開く。

「確かに、その男の子を救おうとしたのは理名と拓実くんよ。

だけどね、結果はどうあれ、自分たちが今までバイトしていた店が潰れるかもしれない。

給与をもらっているわけだから、先輩たちは気が気じゃないでしょうね。

給与は最優先事項だから、貰えないことは、ないわ。

そのやるせない気持ちの矛先が、あなたたちに向けられる可能性も、頭の片隅に置いておいたほうがいいわね。

理名。
前に学校で受けたときより、えげつないものを覚悟しておくと丁度いいかもしれない」

その深月の言葉は、私にあのときの恐怖を思い出させ、悪寒でぶるぶると震えた。

軽く肩が寄せられ、頭を撫でられる。

見知った体温と少し速い鼓動は、拓実くんだ。

「どうにかする。
理名ちゃんに危害は加えさせないよ、絶対」

吐息が耳にかかって、くすぐったい。

私の鼓動も速くなってきた。

どうにかなりそうだ。

「こんな暗い話、いつまでもしても気が滅入るだけだ。
特に、当事者のお2人さんはな。

飯食ってないんだろうから、温かいものを用意させるから、まずは食え。

元気出ないぞ。

お前らいつものメンバーも、今更のこのこ帰らせる気はないから、泊まるなら部屋はある。

風呂入ってこい。
場所は分かるよな?」

不満そうな面々に声を掛けたのは、麗眞くんだ。

「理名ちゃんと拓実くんは、俺についてきて。

女子勢は、姉さんについていって、秋山くんは、姉さんの執事に」

的確に指示をする姿が、頼もしく思えた。

食事は豪勢だった。
気を使って、麗眞くんも、その執事さんも、席を外してくれている。

温かいお鍋をたらふく食べて、少しはネガティブな考えが頭から追い出せたようだ。

「俺たち、医師免許持ってない割に努力したと思うよ。

それでも、救えない命はある。

将来、こんな思いをすることは1度や2度じゃないんだ。

今から、その練習だと思えば、さ。
ちょっとは気が楽になるんじゃない?」

拓実くんの優しい言葉に、目が潤んでくる。

「ちょっとおいで?」

入り口のドアから死角になる場所に私を呼ぶと、
何の躊躇もなく、私を腕の中に収めた。

「理名ちゃん。
いつか妊婦さん救ったときも思ったけど、
人を救うことに躊躇がない。

症例もしっかり見抜いてたみたいだし。

俺も医者を目指すものとして、まだまだなんだなって、思い知らされたよ」

一瞬の静寂。

唇に柔らかい感触。

それはほんの一瞬で、すぐ離れた。

「理名ちゃんにいろいろ教わったから、
ご褒美。
ありがと」

拓実くんにキスをされたと気付いたのは、
しばらく経ってからだった。

やがて、リビングのドアがバタンと開かれ、
麗眞くんが呼びにきた。

「ホラ、お前らも風呂入れ!
って、あ。
お楽しみ中、邪魔しちゃった?」

「そんなんじゃない!」

私と拓実くんの声が被る。

まともに拓実くんの顔なんて見れないまま、
リビングを出て、ホテルみたいなだだっ広くて落ち着かない、浴室へと向かったのだった。
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