ビターチョコ
琥珀ちゃんから聞いたのは、こんな話だった。
「痴漢よ!
誰か、捕まえて!」
そんな声がしたので、琥珀が目をやると、駅のホームを一目散に走る男が見えた。
黒い帽子のスーツをしっかり着こなしたサラリーマン風の男。
身長は、160cmの琥珀より10cm以上高い。
しかし琥珀自身は全く怯まないどころか、不敵な笑みを浮かべていたという。
「駅のホーム、走るなって言われてるでしょ?」
男の目の前にそう言いながら立つと強い口調で邪魔だ、退けと怒鳴られたという。
「素直に駅員室に行く気はないんだ?
じゃ、強硬手段しかないね」
琥珀は、すれ違いざまに男の急所目掛けて思いきり金的をしたという。
そこまで聞くと、男性陣は皆、一様に顔をしかめた。
「痴漢したその手、二度と使えないように折ってやってもよかったけど、さすがにそこまではしなかった。
やりすぎると私も犯罪者になっちゃうし」
にっこり笑って、駅員さん、この人痴漢です!
と言って、男を駅員に引き渡した。
助けた女の子からは、何度も頭を下げられたという。
「助かったよ、こういう輩、多くてね。
だけど、君も勇敢な女子高生ではあるけど、無茶はいけないよ」
男は、別の駅員によってどこかに連れて行かれた。
おそらく事情聴取だろう。
「やば!もうこんな時間!
遅刻だ、遅刻!」
階段を駆け上がる琥珀を見かねてか、夜勤終わりだといって、5〜60代くらいの男性駅員が学校まで送ってくれたという。
「車内で雑談してたんだけどその人、私の両親も、麗眞くんの両親も知ってるみたいだったんだよね、その駅員さん。
私がいい人推薦で入ったこと、わざと中学の頃荒れた集団に属して本当に悪い遊び人の数を減らしてたことまで知ってた。
あ、そうそう。何かあったら連絡しろって、名刺をブレザーのポケットにねじ込まれたんだった」
その名刺を見ると、『柏木 康一郎』とあった。
それを一目見た麗眞くんは、頭を抱えた。
「俺の親父の知り合いだわ……。
そのせいかは知らないが、一昨日あたり、機嫌良かったんだよなぁ、親父。
ところで、琥珀ちゃん、気をつけなよ」
「ん?何が?」
当の琥珀ちゃん本人はどこ吹く風で、麗眞くんの言葉を気に留める様子はなかった。
昼食を食べ終えて、食堂を出てエレベーターから降りると、再びクラスはバラバラになる。
しかし、それぞれの授業が終わり、クラスごとのホームルームになると、気心の知れた仲間が集まるからか、途端に賑やかになる。
ホームルームが終わると、今日は軽音楽部の練習はなしで、皆で麗眞くんの家に向かった。
今日案内されたのは、リビングみたいな、シアタールームみたいな場所ではない。
少し照明が暗く、夏に怪談話でもやると雰囲気が出そうな部屋だった。
「ここ、盗聴器とかの類を仕掛けられないように妨害電波が出てるんだ。
お前らがいつも持ってる機械も反応しない。
万が一にも誰かに聞かれてたりしたらヤバい話だからさ」
今日の麗眞くんはいつになく慎重だ。
話を聞くと、皆信じられないというように、口をあんぐり開けていた。
知らなかった。
華恋は、他人の色恋沙汰には口を挟む割に、自分のことはあまり語らないからだ。
実は、華恋は母子家庭。
父親はギャンブルにハマって借金を作り、耐えられなくなった母がり離婚を言い渡した。
父はそのまま蒸発したらしい。
つい先月、ラグビー部に所属し、体格が良かった華恋の弟。
ある日、練習のしすぎでフラフラなまま自転車で帰宅している最中。
高齢者が運転する車にはねられて亡くなった。
手当の甲斐なく、即死だったらしい。
華恋は、一時期弟に本気で恋をしていた時期があり、今でも弟に似た人を見ると胸が締め付けられるという。
初耳だった。
弟を亡くしてからは、母が精神的にも参ってきているようだ。
部活帰りで疲れている華恋に家事を押し付け、出来ないと手を上げられたこともあったという。
さらに、華恋の行動に口うるさく干渉するようになった。
帰りが遅くなったりする際はホワイトボードに誰と、何をするのか報告しなければならなくなったようだ。
社会人の仕事じゃあるまいし。
さらに、休日は華恋を家に閉じ込めるようになったというから驚きだ。
ついには嫌がる華恋を無理やり海に連れて行って、海に身を投げて心中しようとした。
そこを中学生の男の子、三上 親太朗とその父、三上 親一に助けられたという。
今は、華恋とその母親は病院に入院し、体の異常がないかどうか検査を受けているようだ。
麗眞くんから一部始終を聞いてから、美冬はずっと泣いていた。
まず初めに重苦しい空気を破ったのは、深月だった。
斜め前に座る秋山くんの顔をちらりと見て、一つ息をついてから話し出す。
「なるほど。
よくある話ね。
それほどまでに、人を亡くすって心が傷付くのよ。
私と理名は、身を持ってわかるかもしれないけど。
さらに、華恋の家の場合、厄介なのは毒親ね。
あ、毒親っていうのは、子供に害を与える親のことね。
子供と自分は別の人格を持った人間だってこと
が分かってなくて、子供を自分の思い通りになる操り人形か何かだと思ってる。
だからこそ、子供の行動を制限したり、子供の
行動を監視したり干渉したりもする。
小学生くらいから『あの子とは遊んじゃだめよ貴方まで性格が曲がるわ』なんて言ったりしていたら、もう危険信号ね。
誰と遊ぶかなんて、しっかり子供なりに判断をして子供自らが決めるものよ。
それをさも子供のことは何でも知ってますっていうように親が決めるのは干渉しすぎなんだけど、それが分からないのよ」
一息に言い過ぎたのか、小さく息を吐いて、深呼吸をしてから、再び言葉を続ける。
「華恋の家の場合、華恋のお母さんは毒親の可能性がある。
それも、今まで顕在化しなかったのは、亡くなった華恋の弟さんが毒親の言葉を聞いてはいるけれど上手く受け流していた、ってところね。
けれども、それができなくなった。
それで、ダイレクトに華恋が毒親の言葉を一挙
に浴びることになった、ってわけ。
母子家庭だと、全てとは言わないけど母親と娘の距離が近すぎるから、自分の親が毒親だなんて気付かないのよ。
こうして、傍から見たら異常だけど、本人から見たら、至って普通な機能不全家族が出来上がる、って寸法ね、話を聞く限り」
さすがは深月だ。
この手の話題には明るい。
「とにかく、こういうことなら私の母にお任せを。
こういう機能不全家族からの更生こそ、私の母の得意分野だから。
華恋たちの医師に話を通してあるの。
カウンセリングって地道だから、傷が癒えるのに時間はかかるけど、それ以外の方法、ないのよ。
よっぽど毒親だったら、一人暮らしでもして距離を置いたほうがいいんだけど、まだ高校生じゃ、さすがにできないし」
深月の解説に、その場にいる誰もが押し黙ってしまった。
「それにしても、無理心中、って」
悲痛な声は、美冬だ。
親友だからこそ、親友がこんな目に遭うまで気付けなかったことが悔しいのだろう。
彼氏である小野寺くんに、落ち着けと言わんばかりに肩を抱かれていた。
「父親がギャンブルでたんまり借金作って蒸発したんじゃ、華恋ちゃんの母たちに請求もいったはず。
生活的に、余裕がなくて、自分独りより華恋ちゃも一緒に巻き込んで、ってことじゃない?
あんまり、他人様の家のことだから、推測でものを言いたくないし、この辺りの話は蒸し返さないようにしようぜ」
秋山くんの意見も的確だ。
私は、あることを思い出した。
今朝貰った新聞記事のコピーをずっと制服のポケットに入れっぱなしだったのだ。
「そういえば、私たちの前の担任だった三上先生から、こんなのを渡されたのよ」
皆に、時計回りに順繰りで記事を回し読みさせていく。
「あ、これ、もしかして。
三上先生の弟さんと、お父さんじゃない?」
「え、そうなの?」
「そういえば、聞いたことある。
弟がいるって。
年の差ありすぎだけどね。
お父様は、趣味が釣りなんだけれど、
ライフセーバーの資格もお持ちだって、聞いたことあるわ、先生から。
去年の冬の進路面談だったかな。
進路面談にあんなに熱心だったのも、年頃の弟さんがいるからなのかなって」
「まぁ、とにかく、たまたまでも三上先生の身内の人に助けて貰えて、感謝だよ。
この人たちいなかったら、どうなってたことか」
そのどうなっていたか、をあえて詳細に言わないのが、椎菜の優しさだ。
「うん、そろそろこの話は終わり。
意外に華恋って年上より年下落とすのに燃えるタイプだから。
本気で華恋の弟さんに恋愛感情持ってたのも、華恋なりのお姉ちゃん心からかもしれないし。
まぁでも、弟さんに似た人に惹かれるっていうのも、気持ちは分かるし。
重ねて見ちゃうんだよね、弟さんと、弟と似た別の男性を。
弟さんの身代わりにしちゃう感じかな?
それは自分も相手も不幸にするって分かってるだろうから、華恋自身はしないと思うよ」
美冬が少し涙声で華恋の親友としての意見を述べたところで、この話題は出さなくなった。
文化祭での後夜祭での成功を意識し、曲ぎめのためのカラオケを行うこととなり、皆がカラオケルームへ移動する。
その最中、麗眞くんは神妙な様子で相沢さんと何かを話していた。
カラオケ大会は4時間に及んだ。
珍しく夜に相沢さんが皆の家まで送ってくれることとなった。
椎菜まで送らせていたのが印象的だった。
「最近麗眞、ちょっと用事があるっていって会ってくれないこともたまにあるのよ。
まぁ、あえて本人には聞いてないけど。
仲違いするの嫌だし」
「うーん、椎菜をあれだけ溺愛してる麗眞くんのことだから浮気はないだろうけど、気になるなら聞いてみたら?」
あからさまな女子会ノリのトークに、呆れ顔なのは秋山くんだ。
夜も深まった頃、相沢さんによって深月や秋山くんや美冬、椎菜の順で家に送ってもらうことになった。
一番家が遠い私が最後だ。
「相沢さん、琥珀ちゃんの様子でも見に行くんですか?この後」
「おや、理名様にはバレバレでしたか」
「食堂で琥珀ちゃんの話を聞いたときに思ったんです。
琥珀ちゃん、他にゴロゴロいるそこらの女子高生よりは強いんだから大丈夫って油断が根底にある、って。
そういう油断が、一番怖いのに。
麗眞くん、食堂で琥珀ちゃんに気をつけろって言ってたのは多分そういう意味で。
でも、本人は何にも気にしてなくて」
「おっしゃるとおりで。
今の理名様とほぼ同義のことを麗眞坊ちゃまも仰っておりました。
ここ数日は夜に帳 琥珀様の様子を見にこっそり出かけろというお達しでございました」
車のグローブボックスからクリアファイルの端がはみ出ているのは、きっと調べたのだろう。
宝月興信所のネットワークとやらで琥珀ちゃんの情報を。
やがて相沢さんの運転する車が私のマンションの前に到着する。
「ありがとうございました、相沢さん。
お気をつけて」
「理名様も、どうぞお気をつけて。
早いですがおやすみなさいませ」
丁寧にアパートの階段前で頭を下げて、相沢さんは帰っていった。
「痴漢よ!
誰か、捕まえて!」
そんな声がしたので、琥珀が目をやると、駅のホームを一目散に走る男が見えた。
黒い帽子のスーツをしっかり着こなしたサラリーマン風の男。
身長は、160cmの琥珀より10cm以上高い。
しかし琥珀自身は全く怯まないどころか、不敵な笑みを浮かべていたという。
「駅のホーム、走るなって言われてるでしょ?」
男の目の前にそう言いながら立つと強い口調で邪魔だ、退けと怒鳴られたという。
「素直に駅員室に行く気はないんだ?
じゃ、強硬手段しかないね」
琥珀は、すれ違いざまに男の急所目掛けて思いきり金的をしたという。
そこまで聞くと、男性陣は皆、一様に顔をしかめた。
「痴漢したその手、二度と使えないように折ってやってもよかったけど、さすがにそこまではしなかった。
やりすぎると私も犯罪者になっちゃうし」
にっこり笑って、駅員さん、この人痴漢です!
と言って、男を駅員に引き渡した。
助けた女の子からは、何度も頭を下げられたという。
「助かったよ、こういう輩、多くてね。
だけど、君も勇敢な女子高生ではあるけど、無茶はいけないよ」
男は、別の駅員によってどこかに連れて行かれた。
おそらく事情聴取だろう。
「やば!もうこんな時間!
遅刻だ、遅刻!」
階段を駆け上がる琥珀を見かねてか、夜勤終わりだといって、5〜60代くらいの男性駅員が学校まで送ってくれたという。
「車内で雑談してたんだけどその人、私の両親も、麗眞くんの両親も知ってるみたいだったんだよね、その駅員さん。
私がいい人推薦で入ったこと、わざと中学の頃荒れた集団に属して本当に悪い遊び人の数を減らしてたことまで知ってた。
あ、そうそう。何かあったら連絡しろって、名刺をブレザーのポケットにねじ込まれたんだった」
その名刺を見ると、『柏木 康一郎』とあった。
それを一目見た麗眞くんは、頭を抱えた。
「俺の親父の知り合いだわ……。
そのせいかは知らないが、一昨日あたり、機嫌良かったんだよなぁ、親父。
ところで、琥珀ちゃん、気をつけなよ」
「ん?何が?」
当の琥珀ちゃん本人はどこ吹く風で、麗眞くんの言葉を気に留める様子はなかった。
昼食を食べ終えて、食堂を出てエレベーターから降りると、再びクラスはバラバラになる。
しかし、それぞれの授業が終わり、クラスごとのホームルームになると、気心の知れた仲間が集まるからか、途端に賑やかになる。
ホームルームが終わると、今日は軽音楽部の練習はなしで、皆で麗眞くんの家に向かった。
今日案内されたのは、リビングみたいな、シアタールームみたいな場所ではない。
少し照明が暗く、夏に怪談話でもやると雰囲気が出そうな部屋だった。
「ここ、盗聴器とかの類を仕掛けられないように妨害電波が出てるんだ。
お前らがいつも持ってる機械も反応しない。
万が一にも誰かに聞かれてたりしたらヤバい話だからさ」
今日の麗眞くんはいつになく慎重だ。
話を聞くと、皆信じられないというように、口をあんぐり開けていた。
知らなかった。
華恋は、他人の色恋沙汰には口を挟む割に、自分のことはあまり語らないからだ。
実は、華恋は母子家庭。
父親はギャンブルにハマって借金を作り、耐えられなくなった母がり離婚を言い渡した。
父はそのまま蒸発したらしい。
つい先月、ラグビー部に所属し、体格が良かった華恋の弟。
ある日、練習のしすぎでフラフラなまま自転車で帰宅している最中。
高齢者が運転する車にはねられて亡くなった。
手当の甲斐なく、即死だったらしい。
華恋は、一時期弟に本気で恋をしていた時期があり、今でも弟に似た人を見ると胸が締め付けられるという。
初耳だった。
弟を亡くしてからは、母が精神的にも参ってきているようだ。
部活帰りで疲れている華恋に家事を押し付け、出来ないと手を上げられたこともあったという。
さらに、華恋の行動に口うるさく干渉するようになった。
帰りが遅くなったりする際はホワイトボードに誰と、何をするのか報告しなければならなくなったようだ。
社会人の仕事じゃあるまいし。
さらに、休日は華恋を家に閉じ込めるようになったというから驚きだ。
ついには嫌がる華恋を無理やり海に連れて行って、海に身を投げて心中しようとした。
そこを中学生の男の子、三上 親太朗とその父、三上 親一に助けられたという。
今は、華恋とその母親は病院に入院し、体の異常がないかどうか検査を受けているようだ。
麗眞くんから一部始終を聞いてから、美冬はずっと泣いていた。
まず初めに重苦しい空気を破ったのは、深月だった。
斜め前に座る秋山くんの顔をちらりと見て、一つ息をついてから話し出す。
「なるほど。
よくある話ね。
それほどまでに、人を亡くすって心が傷付くのよ。
私と理名は、身を持ってわかるかもしれないけど。
さらに、華恋の家の場合、厄介なのは毒親ね。
あ、毒親っていうのは、子供に害を与える親のことね。
子供と自分は別の人格を持った人間だってこと
が分かってなくて、子供を自分の思い通りになる操り人形か何かだと思ってる。
だからこそ、子供の行動を制限したり、子供の
行動を監視したり干渉したりもする。
小学生くらいから『あの子とは遊んじゃだめよ貴方まで性格が曲がるわ』なんて言ったりしていたら、もう危険信号ね。
誰と遊ぶかなんて、しっかり子供なりに判断をして子供自らが決めるものよ。
それをさも子供のことは何でも知ってますっていうように親が決めるのは干渉しすぎなんだけど、それが分からないのよ」
一息に言い過ぎたのか、小さく息を吐いて、深呼吸をしてから、再び言葉を続ける。
「華恋の家の場合、華恋のお母さんは毒親の可能性がある。
それも、今まで顕在化しなかったのは、亡くなった華恋の弟さんが毒親の言葉を聞いてはいるけれど上手く受け流していた、ってところね。
けれども、それができなくなった。
それで、ダイレクトに華恋が毒親の言葉を一挙
に浴びることになった、ってわけ。
母子家庭だと、全てとは言わないけど母親と娘の距離が近すぎるから、自分の親が毒親だなんて気付かないのよ。
こうして、傍から見たら異常だけど、本人から見たら、至って普通な機能不全家族が出来上がる、って寸法ね、話を聞く限り」
さすがは深月だ。
この手の話題には明るい。
「とにかく、こういうことなら私の母にお任せを。
こういう機能不全家族からの更生こそ、私の母の得意分野だから。
華恋たちの医師に話を通してあるの。
カウンセリングって地道だから、傷が癒えるのに時間はかかるけど、それ以外の方法、ないのよ。
よっぽど毒親だったら、一人暮らしでもして距離を置いたほうがいいんだけど、まだ高校生じゃ、さすがにできないし」
深月の解説に、その場にいる誰もが押し黙ってしまった。
「それにしても、無理心中、って」
悲痛な声は、美冬だ。
親友だからこそ、親友がこんな目に遭うまで気付けなかったことが悔しいのだろう。
彼氏である小野寺くんに、落ち着けと言わんばかりに肩を抱かれていた。
「父親がギャンブルでたんまり借金作って蒸発したんじゃ、華恋ちゃんの母たちに請求もいったはず。
生活的に、余裕がなくて、自分独りより華恋ちゃも一緒に巻き込んで、ってことじゃない?
あんまり、他人様の家のことだから、推測でものを言いたくないし、この辺りの話は蒸し返さないようにしようぜ」
秋山くんの意見も的確だ。
私は、あることを思い出した。
今朝貰った新聞記事のコピーをずっと制服のポケットに入れっぱなしだったのだ。
「そういえば、私たちの前の担任だった三上先生から、こんなのを渡されたのよ」
皆に、時計回りに順繰りで記事を回し読みさせていく。
「あ、これ、もしかして。
三上先生の弟さんと、お父さんじゃない?」
「え、そうなの?」
「そういえば、聞いたことある。
弟がいるって。
年の差ありすぎだけどね。
お父様は、趣味が釣りなんだけれど、
ライフセーバーの資格もお持ちだって、聞いたことあるわ、先生から。
去年の冬の進路面談だったかな。
進路面談にあんなに熱心だったのも、年頃の弟さんがいるからなのかなって」
「まぁ、とにかく、たまたまでも三上先生の身内の人に助けて貰えて、感謝だよ。
この人たちいなかったら、どうなってたことか」
そのどうなっていたか、をあえて詳細に言わないのが、椎菜の優しさだ。
「うん、そろそろこの話は終わり。
意外に華恋って年上より年下落とすのに燃えるタイプだから。
本気で華恋の弟さんに恋愛感情持ってたのも、華恋なりのお姉ちゃん心からかもしれないし。
まぁでも、弟さんに似た人に惹かれるっていうのも、気持ちは分かるし。
重ねて見ちゃうんだよね、弟さんと、弟と似た別の男性を。
弟さんの身代わりにしちゃう感じかな?
それは自分も相手も不幸にするって分かってるだろうから、華恋自身はしないと思うよ」
美冬が少し涙声で華恋の親友としての意見を述べたところで、この話題は出さなくなった。
文化祭での後夜祭での成功を意識し、曲ぎめのためのカラオケを行うこととなり、皆がカラオケルームへ移動する。
その最中、麗眞くんは神妙な様子で相沢さんと何かを話していた。
カラオケ大会は4時間に及んだ。
珍しく夜に相沢さんが皆の家まで送ってくれることとなった。
椎菜まで送らせていたのが印象的だった。
「最近麗眞、ちょっと用事があるっていって会ってくれないこともたまにあるのよ。
まぁ、あえて本人には聞いてないけど。
仲違いするの嫌だし」
「うーん、椎菜をあれだけ溺愛してる麗眞くんのことだから浮気はないだろうけど、気になるなら聞いてみたら?」
あからさまな女子会ノリのトークに、呆れ顔なのは秋山くんだ。
夜も深まった頃、相沢さんによって深月や秋山くんや美冬、椎菜の順で家に送ってもらうことになった。
一番家が遠い私が最後だ。
「相沢さん、琥珀ちゃんの様子でも見に行くんですか?この後」
「おや、理名様にはバレバレでしたか」
「食堂で琥珀ちゃんの話を聞いたときに思ったんです。
琥珀ちゃん、他にゴロゴロいるそこらの女子高生よりは強いんだから大丈夫って油断が根底にある、って。
そういう油断が、一番怖いのに。
麗眞くん、食堂で琥珀ちゃんに気をつけろって言ってたのは多分そういう意味で。
でも、本人は何にも気にしてなくて」
「おっしゃるとおりで。
今の理名様とほぼ同義のことを麗眞坊ちゃまも仰っておりました。
ここ数日は夜に帳 琥珀様の様子を見にこっそり出かけろというお達しでございました」
車のグローブボックスからクリアファイルの端がはみ出ているのは、きっと調べたのだろう。
宝月興信所のネットワークとやらで琥珀ちゃんの情報を。
やがて相沢さんの運転する車が私のマンションの前に到着する。
「ありがとうございました、相沢さん。
お気をつけて」
「理名様も、どうぞお気をつけて。
早いですがおやすみなさいませ」
丁寧にアパートの階段前で頭を下げて、相沢さんは帰っていった。