ビターチョコ
「先にメニュー決めちゃおう!」
そう言って、二人が一斉に、メニューを見て悩み始める。
私も覗き込もうとしたところに、携帯の画面が点灯してメールの着信を告げた。
画面には、「父」と表示があった。
軽く舌打ちをして、ロックを解除して文面を読む。
『わかった。楽しんでくるんだよ。
父』
メールの文面に、寒気を覚えた。
普通の人からしたら、娘を心配する父ということで、いいお父さんだと言われるだろう。
こういう時だけの父親ヅラが、癪に触った。
何よ。
いつもいつも、家にいないくせに。
お母さんを亡くしてから、父は仕事を休みがちになった。
抜け殻みたいになってそのままお母さんの後を追うように自殺しそうで怖かった。
だからこそ、自習室で勉強するわけではなく、受験生らしく塾に通うこともしなかった。
学校が終わると、まっすぐ家に帰ってきていた中学3年生の頃を思い出す。
あの頃は、父の顔を見ると、安心していた。
「今日も元気だ」と。
本当は学校の自習室で勉強したり、皆がそうしているように塾にも行きたかったが、家庭環境の事情であきらめた。
母が病死したことで、保険金はおりたが、そんなお金で塾に通う気にはなれなかったからだ。
それに、高校受験くらいなら、独学で何とか出来た。
面接試験では不合格だったが、そのおかげで元来の負けず嫌いな性格に火がついた。
そして後期の学力試験で見事、合格を手にしたのだった。
苦手な国語と社会を、得意科目でカバーした結果だった。
それが、今となっては、父はまともに娘に声も掛けてくれない。
話しかけても、「学校はどうだ」くらいだ。
母の仏壇に手を合わせている姿なんか、見たこともない。
母のことは、父にとっては「過去の人」なのだろうか。
母亡き後も、面影を追い続ける私に、愛想を尽かしたのだろうか。
本当に新しい「女性」を見つけて、再婚でもする気なのだろうか。
もし仮に、父がそんなことを言ってきたとしたら、私はどうするだろう。
家を出ようにも16歳では、いくらアルバイトをしたところで、家賃はともかく、その他の必要経費が賄えない。
保証人も必要になる。
今では、未成年の身では、何もできないことを思い知らされた。
「理名ちゃん?
理名ちゃん!
メニュー……」
柳下 碧が、心配そうに私を見上げながらメニューを差し出してきた。
私は、微笑みかけてそれを受け取ると、柳下碧に笑顔を返した。
「……決めた」
メニューをパラパラ捲っただけで決まった。タラコソースパスタにしよう。
パスタの気分だったのだ。
「理名ちゃん、はやいね……」
「そう?
普通だと思うけどなぁ。
だからかなぁ。
男の子より男の子らしいって言われるんだ」
そう言いながら、テーブル脇のボタンを押して店員を呼んだ。
すぐにこちらの席に向かってきて、機械的にオーダーを聞いた。
店員が去ると、各々ドリンクバーを取りに行った。
私はブラックコーヒー、浅川深月はガムシロップとミルク入りのコーヒー、柳下碧はミルク入りのダージリンティーを持ってきた。
「で?
理名ちゃん、なんかあるでしょ?
さっき携帯のメール見てた時、顔不機嫌で怖かったよ?
それに、私たちがメニュー見てる間、堪えても堪えても溢れてくる怒りを必死に抑えようとして、拳握って、爪立ててた」
「そう見えた?
そんなこと、なかったと思うけど」
笑顔を顔から消して、言い返す。
「深月、言い過ぎだよ」
つい、深月ちゃんを睨んでしまったからか、柳下碧が私の横でオロオロしている。
「ごめん。
睨んでるわけじゃないからさ。
昔を思い出すとね、いろいろあったから」
「いいの。
でも、ここに人がいるんだから、一人で悩んでないで吐き出しなさいな、ね?
私は勝手に理名ちゃんを友達扱いするけど」
素直に「友達」と言われたことで、何だか気持ちが軽くなった気がした。
「さっきのメールは親から?」
「そう。
母はもう亡くなってるから、どうしようもない父親から。
俺はいいから、楽しんで来いって」
「なんでどうしようもないって形容詞を付けるの?
男の人だけで娘育てるって、すごいことじゃない?」
そうか、世間はそう思っているのか。
私は、そうは思わない。
皆が思っているほど、いい父親じゃない。
「でも、どうしようもないのよね。
仕事が終わってもすぐ帰ってこないの。
まぁ、詳しくは聞きたくもないから聞いていない。
大手出版社の管理職だし、激務で徹夜も多いから、仕方ないけど。
それにしてはネクタイも派手なものに変わった状態で朝帰りするのもしょっちゅうで。
明らかに、母がいた頃は着けてなかったものばかりだし。
新しい母親でも見つけに行ってるのかとか、変な想像もできちゃうし」
「それは、ちょっと心配だよね……。
っていうか、ちょっと怪しいし」
「他には?
どんなところにムカついてるの?」
それを言おうとしたところに、ちょうど頼んだドリアとスパゲティーが運ばれてきた。
「あ、でも、深月のがまだ……」
「私は気にしないでいいから、先に食べて」
浅川深月は私たちに笑顔を見せる。
こういうのは、皆のものが揃ってから、一斉に「いただきます」と言って食べるのが常識だと思っていた。
「いいの。
いいから食べて?
日本人の悪いクセよ、皆に合わせたがるの。
気にしなくていい。
欧米や欧州では、来た人から食事に手をつけるのが普通だし」
彼女がそこまで言うならと、柳下碧にスプーンを渡すと、私はフォークを手に取った。
そう言って、二人が一斉に、メニューを見て悩み始める。
私も覗き込もうとしたところに、携帯の画面が点灯してメールの着信を告げた。
画面には、「父」と表示があった。
軽く舌打ちをして、ロックを解除して文面を読む。
『わかった。楽しんでくるんだよ。
父』
メールの文面に、寒気を覚えた。
普通の人からしたら、娘を心配する父ということで、いいお父さんだと言われるだろう。
こういう時だけの父親ヅラが、癪に触った。
何よ。
いつもいつも、家にいないくせに。
お母さんを亡くしてから、父は仕事を休みがちになった。
抜け殻みたいになってそのままお母さんの後を追うように自殺しそうで怖かった。
だからこそ、自習室で勉強するわけではなく、受験生らしく塾に通うこともしなかった。
学校が終わると、まっすぐ家に帰ってきていた中学3年生の頃を思い出す。
あの頃は、父の顔を見ると、安心していた。
「今日も元気だ」と。
本当は学校の自習室で勉強したり、皆がそうしているように塾にも行きたかったが、家庭環境の事情であきらめた。
母が病死したことで、保険金はおりたが、そんなお金で塾に通う気にはなれなかったからだ。
それに、高校受験くらいなら、独学で何とか出来た。
面接試験では不合格だったが、そのおかげで元来の負けず嫌いな性格に火がついた。
そして後期の学力試験で見事、合格を手にしたのだった。
苦手な国語と社会を、得意科目でカバーした結果だった。
それが、今となっては、父はまともに娘に声も掛けてくれない。
話しかけても、「学校はどうだ」くらいだ。
母の仏壇に手を合わせている姿なんか、見たこともない。
母のことは、父にとっては「過去の人」なのだろうか。
母亡き後も、面影を追い続ける私に、愛想を尽かしたのだろうか。
本当に新しい「女性」を見つけて、再婚でもする気なのだろうか。
もし仮に、父がそんなことを言ってきたとしたら、私はどうするだろう。
家を出ようにも16歳では、いくらアルバイトをしたところで、家賃はともかく、その他の必要経費が賄えない。
保証人も必要になる。
今では、未成年の身では、何もできないことを思い知らされた。
「理名ちゃん?
理名ちゃん!
メニュー……」
柳下 碧が、心配そうに私を見上げながらメニューを差し出してきた。
私は、微笑みかけてそれを受け取ると、柳下碧に笑顔を返した。
「……決めた」
メニューをパラパラ捲っただけで決まった。タラコソースパスタにしよう。
パスタの気分だったのだ。
「理名ちゃん、はやいね……」
「そう?
普通だと思うけどなぁ。
だからかなぁ。
男の子より男の子らしいって言われるんだ」
そう言いながら、テーブル脇のボタンを押して店員を呼んだ。
すぐにこちらの席に向かってきて、機械的にオーダーを聞いた。
店員が去ると、各々ドリンクバーを取りに行った。
私はブラックコーヒー、浅川深月はガムシロップとミルク入りのコーヒー、柳下碧はミルク入りのダージリンティーを持ってきた。
「で?
理名ちゃん、なんかあるでしょ?
さっき携帯のメール見てた時、顔不機嫌で怖かったよ?
それに、私たちがメニュー見てる間、堪えても堪えても溢れてくる怒りを必死に抑えようとして、拳握って、爪立ててた」
「そう見えた?
そんなこと、なかったと思うけど」
笑顔を顔から消して、言い返す。
「深月、言い過ぎだよ」
つい、深月ちゃんを睨んでしまったからか、柳下碧が私の横でオロオロしている。
「ごめん。
睨んでるわけじゃないからさ。
昔を思い出すとね、いろいろあったから」
「いいの。
でも、ここに人がいるんだから、一人で悩んでないで吐き出しなさいな、ね?
私は勝手に理名ちゃんを友達扱いするけど」
素直に「友達」と言われたことで、何だか気持ちが軽くなった気がした。
「さっきのメールは親から?」
「そう。
母はもう亡くなってるから、どうしようもない父親から。
俺はいいから、楽しんで来いって」
「なんでどうしようもないって形容詞を付けるの?
男の人だけで娘育てるって、すごいことじゃない?」
そうか、世間はそう思っているのか。
私は、そうは思わない。
皆が思っているほど、いい父親じゃない。
「でも、どうしようもないのよね。
仕事が終わってもすぐ帰ってこないの。
まぁ、詳しくは聞きたくもないから聞いていない。
大手出版社の管理職だし、激務で徹夜も多いから、仕方ないけど。
それにしてはネクタイも派手なものに変わった状態で朝帰りするのもしょっちゅうで。
明らかに、母がいた頃は着けてなかったものばかりだし。
新しい母親でも見つけに行ってるのかとか、変な想像もできちゃうし」
「それは、ちょっと心配だよね……。
っていうか、ちょっと怪しいし」
「他には?
どんなところにムカついてるの?」
それを言おうとしたところに、ちょうど頼んだドリアとスパゲティーが運ばれてきた。
「あ、でも、深月のがまだ……」
「私は気にしないでいいから、先に食べて」
浅川深月は私たちに笑顔を見せる。
こういうのは、皆のものが揃ってから、一斉に「いただきます」と言って食べるのが常識だと思っていた。
「いいの。
いいから食べて?
日本人の悪いクセよ、皆に合わせたがるの。
気にしなくていい。
欧米や欧州では、来た人から食事に手をつけるのが普通だし」
彼女がそこまで言うならと、柳下碧にスプーンを渡すと、私はフォークを手に取った。