ビターチョコ
玄関を出ると、見慣れた車が停まっていた。
「あ、相沢さん!
早いですね!!
お待たせしちゃいましたかね?
申し訳ないです」
美冬は相沢さんにそう声を掛けると、私の手を引っ張って車に乗せた。
「どう?相沢さん。
理名、雰囲気変わったと思いません?
まだ洋服だけですけど」
「ふふ。
美冬様のおっしゃる通りで。
いつもの私服も理名様らしくて素敵ですが、今のお洋服も可愛らしゅうございます。
女性らしさが全面に出すぎていない感じがいいですね」
美冬は、相沢さんにバレないようにVサインを作る。
仕草が似るところがさすがは親友だ。
「ところで、椎菜さまの体調が思わしくないようなのです。
さすがに我が主の麗眞坊っちゃまは気付いておられたようなのでございますが。
今しがた、少しの間屋敷に戻って様子を確認いたしました。
深月さまや麗眞坊っちゃまの姉、彩さまによって、椎菜様は別のお部屋におります。
麗眞坊っちゃまのいるフロアとは3階以上離れているとのことでした」
「吐き気と頭痛ね。
最近私も気になるから医学書で確認したら、10代のうちは生理痛が酷いみたいなの。
子宮内膜が排出されるのが生理なのだけれど、
私たちみたいな10代は発育段階だから子宮の出口が狭いから、子宮収縮にかなりの痛みが伴うから生理痛は酷くなりやすい、って書いてあったかな。
ちなみに、生理前に増える物質のせいでそういう症状が起きるから、多分椎菜もそれだと思うわ。
ホルモンの分泌量が急に変わるから、身体がついていかないことで体調不良が起こる。
一言でまとめるとそんな感じね。
あと、吐き気の他に発熱とかお腹下すとかの症状もあればウイルス性の急性胃腸炎も疑ったけど、それはないわね。
第一、ウイルス性なら麗眞くんにも何らかの症状があって然るべきだし。
それがないなら生理前の症状で確定ね。
痛み止め飲ませるか、お腹を温めながら消化のいいものを食べさせるしか、これと言ってできないと思う。
私の知り合いがいる産婦人科、紹介しようか?
こういうのは、プロに聞くのが一番よ。
後でメモに書いておくね」
「お気遣い、痛み入ります。
しかし、さすがの知識量に感服いたしました」
「そんな。
私なんてまだまだです」
さっきの美冬と私のやり取りを再現してるみたいだな、ということを思いながら、窓の外を眺める。
空は高く青い。白い雲も流れていて、夏を感じる。
夏本番だ。
今年のうちに、学生らしい思い出をたくさん作らないとな。
そう思わせてくれる。
「美冬様。理名様。
琥珀さまのご自宅に到着です」
「では、私は今度こそ屋敷に戻ります。
お買い物をどうぞごゆるりと、お楽しみください。
麗眞坊っちゃまにご一報くだされば、お迎えに上がります。
お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「相沢さん、ありがとうございました!」
琥珀ちゃんのインターホンを鳴らすと、ボーンと重厚な音が鳴った。
出てきたのはおばさんだ。
50代くらいだろうか。
「琥珀ちゃんですか?
中にいますよ、お友達も。
もう2人来る、って仰ってたけど、あなた達だったのね。
私はもう依頼されたお部屋の掃除を終えたのでそろそろ帰りますね。
どうぞごゆっくり」
「はぁ。
どうも。
お邪魔します」
こういうときにペコリと頭を下げてしまうのは霊長類共通らしい。
隣にいる美冬に至っては、礼儀正しく頭を下げている。
「はい!
今日は少ししかいないんですけど、また今度ゆっくり遊びに来ますね!
どうぞお気をつけて」
美冬は誰に対してもニコニコと愛想がいい。
おかげで周囲の人も心を開くのが早いのだ。
私も見習いたい。
そんなことを思っていると、ギィ、と音を立てて扉が開いた。
「2人とも何してるの?
暑いし入りなよ」
琥珀ちゃんが出迎えてくれた。
琥珀ちゃんは、片方の鎖骨と、デコルテが見えるよう斜めに切り込みが入れられたトップス。
下はカーキのワイドパンツを履いていた。
ワイドパンツは、トレンチコートについているようなベルトと裾のスリットが目を引く。
「美冬ほど上手くはないんだけど、琥珀ちゃんのカッコいいテイスト残してみた。
今日は勝負服買いに行くんだし、普段の琥珀ちゃんを見てもらうの。
ギャップ萌えを狙いに行ったほうがいいかなって。
そこは、理名にアドバイスしたときと方針変えずにいくよ。
どうかな?」
「うん!
私はこういうテイスト好きだな。
そのまま私がこの組み合わせ着ても良さそうだし!
琥珀ちゃんらしくてカッコいいよ」
「琥珀ちゃんのカッコよさは残しつつ、ワイドパンツのスリットとか、カットソーのアシンメトリーデザインと肌見せが女の子らしさを出してるね!
うん、いいと思う!
実際巽くんの前でこれ着るとちょっとわざとらしくなりすぎるかな?って思うけど、今日はウチら女子3人だし、オッケーだと思うよ」
美冬からは聞いたことがないワードがいくつか聞こえたが、高評価のようだ。
髪型も、ツインテールだが耳下からのみ、三つ編みにされている。
「毛先を長く残して大人っぽくしてみた。
三つ編みで女の子要素も残してね。
洋服にもよるけど、当日もこれでいいと思う。
あとはメイクなんだけど」
華恋は何やら美冬と話している。
琥珀ちゃんは、いつもツインテールかポニーテールだ。結んだほうが髪が邪魔にならないらしい。
メイクはブラウンとオレンジ系を使うようだ。
リビングのソファーに座るよう促される。
ふかふかで座り心地は最高なのだが、逆に落ち着かない。
リビングとダイニングは、きっちり明確に分けられていた。ダイニングの奥には動線を確保しやすそうな広いキッチンがある。
ちょっとしたホームパーティーくらいはできそうな広さだ。
ダイニングは4人掛けになっているが、宿泊オリエンテーションのときの琥珀ちゃんの話だと、1人で過ごす事が月の大半だという。
月に1回あるかないかのタイミングで、家族3人が揃うという。
……寂しく、ないのかな。
「はい、かんせーい!」
美冬の声で我に返る。
私も彼女にメイクを施してもらっていたんだ。
「わぁ……!」
思わず声が漏れる。
まぶたにはオレンジ色がしっかり乗って、ラメが太陽に反射している。
普段アイラインは黒ばかりなので縁がないカラーアイライナー。ネイビーが引かれていることで、凛として見える。
チークは自然に色付くオレンジを使い、オレン
ジ寄りのブラウンリップで色味を抑えたメイクに仕上がっていて、とても新鮮だった。
「ありがとう理名。
やりやすかったよ、私と同じで明るすぎるオレンジは似合わない肌感だからさ。
シルバーアクセサリーのほうが似合うって、賢人に言われたし。
華恋は琥珀ちゃんの担当。
華恋は私と逆で、パキッとしたオレンジも、しっかり発色するピンクも似合っちゃうからさ。
また試したかったら言って?
道具ならいつでも持ってるから」
「ありがとう」
琥珀もオレンジメイクをしてもらっているらしい。
「よし!琥珀ちゃん、すっごい変わるね!
もっとちゃんとメイクすれば超イケてる女の子になれるのにさ。
ちょっともったいないかも。
はい、かんせーい!」
華恋の言葉で琥珀の方に目をやると、確かに大分どころかすっかり別人みたいだ。
目を囲むように塗られた彩度が高いオレンジブラウンのアイシャドウと、テラコッタリップが目を引く。
オレンジチークとブラウンのアイシャドウも彼女の大人っぽい雰囲気の顔立ちによく似合っている。
「普段全然化粧しないから、なんだか落ち着かないけど、これが私、なの?
洋服から何から、全然違って自分が自分じゃないみたい」
「うんうん。
私もそんな感覚になったよ、華恋に色々メイクやらヘアアレンジ施してもらった後」
「やっぱそうだよねー」
「よし、準備も出来たし、行こうか!」
華恋が琥珀ちゃんの分だと言ってカゴバッグを持たせる。
それだけなのに、カッコいい雰囲気が少し柔らかくなる。
カバンひとつでこうも違うなんて。
琥珀ちゃんについて広い邸宅の中を歩く。
「そういえば、玄関口でおばさんに会ったんだけど、あの人は?」
「ああ、相原さんね。
彼女は家政婦さん。
家の掃除に来てくれるんだ。
私が友達呼んでるの見てビックリしてたな。
そんな友達いないように見える?」
「新鮮だったんじゃない?
私たちといるのが」
広い玄関口を出て、駅に向かう。
黒い厚底サンダルが慣れないのか歩きづらそうな琥珀ちゃんに話しかけた。
「あれ、琥珀ちゃん、鍵は?
今家に誰もいないんでしょ?」
「指紋で鍵閉めたから大丈夫。
指紋認証した人しか開けられないから」
麗眞くんの大浴場にあるロッカーみたいだ。
やっぱりお金持ちの家って、セキュリティしっかりしてるなぁ。
駅の改札にICカードを通して、ちょうど来た電車に飛び乗る。
目的地は、3駅先のショッピングモール。
去年の宿泊学習のときに椎菜ちゃんと彼女の母親と買い物をした場所だ。
「あ、相沢さん!
早いですね!!
お待たせしちゃいましたかね?
申し訳ないです」
美冬は相沢さんにそう声を掛けると、私の手を引っ張って車に乗せた。
「どう?相沢さん。
理名、雰囲気変わったと思いません?
まだ洋服だけですけど」
「ふふ。
美冬様のおっしゃる通りで。
いつもの私服も理名様らしくて素敵ですが、今のお洋服も可愛らしゅうございます。
女性らしさが全面に出すぎていない感じがいいですね」
美冬は、相沢さんにバレないようにVサインを作る。
仕草が似るところがさすがは親友だ。
「ところで、椎菜さまの体調が思わしくないようなのです。
さすがに我が主の麗眞坊っちゃまは気付いておられたようなのでございますが。
今しがた、少しの間屋敷に戻って様子を確認いたしました。
深月さまや麗眞坊っちゃまの姉、彩さまによって、椎菜様は別のお部屋におります。
麗眞坊っちゃまのいるフロアとは3階以上離れているとのことでした」
「吐き気と頭痛ね。
最近私も気になるから医学書で確認したら、10代のうちは生理痛が酷いみたいなの。
子宮内膜が排出されるのが生理なのだけれど、
私たちみたいな10代は発育段階だから子宮の出口が狭いから、子宮収縮にかなりの痛みが伴うから生理痛は酷くなりやすい、って書いてあったかな。
ちなみに、生理前に増える物質のせいでそういう症状が起きるから、多分椎菜もそれだと思うわ。
ホルモンの分泌量が急に変わるから、身体がついていかないことで体調不良が起こる。
一言でまとめるとそんな感じね。
あと、吐き気の他に発熱とかお腹下すとかの症状もあればウイルス性の急性胃腸炎も疑ったけど、それはないわね。
第一、ウイルス性なら麗眞くんにも何らかの症状があって然るべきだし。
それがないなら生理前の症状で確定ね。
痛み止め飲ませるか、お腹を温めながら消化のいいものを食べさせるしか、これと言ってできないと思う。
私の知り合いがいる産婦人科、紹介しようか?
こういうのは、プロに聞くのが一番よ。
後でメモに書いておくね」
「お気遣い、痛み入ります。
しかし、さすがの知識量に感服いたしました」
「そんな。
私なんてまだまだです」
さっきの美冬と私のやり取りを再現してるみたいだな、ということを思いながら、窓の外を眺める。
空は高く青い。白い雲も流れていて、夏を感じる。
夏本番だ。
今年のうちに、学生らしい思い出をたくさん作らないとな。
そう思わせてくれる。
「美冬様。理名様。
琥珀さまのご自宅に到着です」
「では、私は今度こそ屋敷に戻ります。
お買い物をどうぞごゆるりと、お楽しみください。
麗眞坊っちゃまにご一報くだされば、お迎えに上がります。
お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「相沢さん、ありがとうございました!」
琥珀ちゃんのインターホンを鳴らすと、ボーンと重厚な音が鳴った。
出てきたのはおばさんだ。
50代くらいだろうか。
「琥珀ちゃんですか?
中にいますよ、お友達も。
もう2人来る、って仰ってたけど、あなた達だったのね。
私はもう依頼されたお部屋の掃除を終えたのでそろそろ帰りますね。
どうぞごゆっくり」
「はぁ。
どうも。
お邪魔します」
こういうときにペコリと頭を下げてしまうのは霊長類共通らしい。
隣にいる美冬に至っては、礼儀正しく頭を下げている。
「はい!
今日は少ししかいないんですけど、また今度ゆっくり遊びに来ますね!
どうぞお気をつけて」
美冬は誰に対してもニコニコと愛想がいい。
おかげで周囲の人も心を開くのが早いのだ。
私も見習いたい。
そんなことを思っていると、ギィ、と音を立てて扉が開いた。
「2人とも何してるの?
暑いし入りなよ」
琥珀ちゃんが出迎えてくれた。
琥珀ちゃんは、片方の鎖骨と、デコルテが見えるよう斜めに切り込みが入れられたトップス。
下はカーキのワイドパンツを履いていた。
ワイドパンツは、トレンチコートについているようなベルトと裾のスリットが目を引く。
「美冬ほど上手くはないんだけど、琥珀ちゃんのカッコいいテイスト残してみた。
今日は勝負服買いに行くんだし、普段の琥珀ちゃんを見てもらうの。
ギャップ萌えを狙いに行ったほうがいいかなって。
そこは、理名にアドバイスしたときと方針変えずにいくよ。
どうかな?」
「うん!
私はこういうテイスト好きだな。
そのまま私がこの組み合わせ着ても良さそうだし!
琥珀ちゃんらしくてカッコいいよ」
「琥珀ちゃんのカッコよさは残しつつ、ワイドパンツのスリットとか、カットソーのアシンメトリーデザインと肌見せが女の子らしさを出してるね!
うん、いいと思う!
実際巽くんの前でこれ着るとちょっとわざとらしくなりすぎるかな?って思うけど、今日はウチら女子3人だし、オッケーだと思うよ」
美冬からは聞いたことがないワードがいくつか聞こえたが、高評価のようだ。
髪型も、ツインテールだが耳下からのみ、三つ編みにされている。
「毛先を長く残して大人っぽくしてみた。
三つ編みで女の子要素も残してね。
洋服にもよるけど、当日もこれでいいと思う。
あとはメイクなんだけど」
華恋は何やら美冬と話している。
琥珀ちゃんは、いつもツインテールかポニーテールだ。結んだほうが髪が邪魔にならないらしい。
メイクはブラウンとオレンジ系を使うようだ。
リビングのソファーに座るよう促される。
ふかふかで座り心地は最高なのだが、逆に落ち着かない。
リビングとダイニングは、きっちり明確に分けられていた。ダイニングの奥には動線を確保しやすそうな広いキッチンがある。
ちょっとしたホームパーティーくらいはできそうな広さだ。
ダイニングは4人掛けになっているが、宿泊オリエンテーションのときの琥珀ちゃんの話だと、1人で過ごす事が月の大半だという。
月に1回あるかないかのタイミングで、家族3人が揃うという。
……寂しく、ないのかな。
「はい、かんせーい!」
美冬の声で我に返る。
私も彼女にメイクを施してもらっていたんだ。
「わぁ……!」
思わず声が漏れる。
まぶたにはオレンジ色がしっかり乗って、ラメが太陽に反射している。
普段アイラインは黒ばかりなので縁がないカラーアイライナー。ネイビーが引かれていることで、凛として見える。
チークは自然に色付くオレンジを使い、オレン
ジ寄りのブラウンリップで色味を抑えたメイクに仕上がっていて、とても新鮮だった。
「ありがとう理名。
やりやすかったよ、私と同じで明るすぎるオレンジは似合わない肌感だからさ。
シルバーアクセサリーのほうが似合うって、賢人に言われたし。
華恋は琥珀ちゃんの担当。
華恋は私と逆で、パキッとしたオレンジも、しっかり発色するピンクも似合っちゃうからさ。
また試したかったら言って?
道具ならいつでも持ってるから」
「ありがとう」
琥珀もオレンジメイクをしてもらっているらしい。
「よし!琥珀ちゃん、すっごい変わるね!
もっとちゃんとメイクすれば超イケてる女の子になれるのにさ。
ちょっともったいないかも。
はい、かんせーい!」
華恋の言葉で琥珀の方に目をやると、確かに大分どころかすっかり別人みたいだ。
目を囲むように塗られた彩度が高いオレンジブラウンのアイシャドウと、テラコッタリップが目を引く。
オレンジチークとブラウンのアイシャドウも彼女の大人っぽい雰囲気の顔立ちによく似合っている。
「普段全然化粧しないから、なんだか落ち着かないけど、これが私、なの?
洋服から何から、全然違って自分が自分じゃないみたい」
「うんうん。
私もそんな感覚になったよ、華恋に色々メイクやらヘアアレンジ施してもらった後」
「やっぱそうだよねー」
「よし、準備も出来たし、行こうか!」
華恋が琥珀ちゃんの分だと言ってカゴバッグを持たせる。
それだけなのに、カッコいい雰囲気が少し柔らかくなる。
カバンひとつでこうも違うなんて。
琥珀ちゃんについて広い邸宅の中を歩く。
「そういえば、玄関口でおばさんに会ったんだけど、あの人は?」
「ああ、相原さんね。
彼女は家政婦さん。
家の掃除に来てくれるんだ。
私が友達呼んでるの見てビックリしてたな。
そんな友達いないように見える?」
「新鮮だったんじゃない?
私たちといるのが」
広い玄関口を出て、駅に向かう。
黒い厚底サンダルが慣れないのか歩きづらそうな琥珀ちゃんに話しかけた。
「あれ、琥珀ちゃん、鍵は?
今家に誰もいないんでしょ?」
「指紋で鍵閉めたから大丈夫。
指紋認証した人しか開けられないから」
麗眞くんの大浴場にあるロッカーみたいだ。
やっぱりお金持ちの家って、セキュリティしっかりしてるなぁ。
駅の改札にICカードを通して、ちょうど来た電車に飛び乗る。
目的地は、3駅先のショッピングモール。
去年の宿泊学習のときに椎菜ちゃんと彼女の母親と買い物をした場所だ。