ビターチョコ
「私、つい遠慮して言えなかったの。
乗り気じゃないって理由だけで断ったら、もう次はないんじゃないか、とか。
嫌われるんじゃないかとかも。
とにかくいろんなこと考えちゃって。
バカだよね。
そんなことで嫌われるくらいだったら、今まで続いてないのにね。
何で言えなかったんだろ」
椎菜の声にいつもの透明も明るさもない。
大きな瞳からは大粒の涙が溢れている。
「考えすぎなのよ。
思慮深いのは悪いことではないけどね。
物事には限度があるの。
遠慮することでその先どうなるか?まで考えを巡らせればいいのよ。
思慮深い貴女なら出来るはずよ、椎菜。
乗り気じゃないなら断ればいいじゃない。
遠慮して断らないと、自分の心も身体もツライだけよ。
無理することになるんだから。
貴女、気管支も呼吸器も丈夫じゃないこと、分かってる?
ストレスでも呼吸器症状、出るんだからね?
気をつけなきゃダメよ」
私の口から滑り出たのは、正論しかなかった。
それは確実に、その場の空気を変えた。
「理名の言うとおりよ。
いいじゃない、遠慮することないのよ。
ちゃんと言いたいことは伝えなきゃ。
遠慮しないで何でも言い合えるのがカップル、ってもんじゃない?
私だって乗り気じゃないときは断るもん。
その代わり、代替案として流行りのカフェ行こうか、とか映画見ようか、とかになるし」
美冬の言葉に、小野寺くんも強く頷いた。
「何もイチャラブだけがデートじゃないだろうよ。
とはいえ、片や学園のアイドルだしな、隠れファンは校内中にいるだろうから。
身体重ねて所有印刻んでおかないと不安、ってのは少なからずあるんだろうけど。
それを言うなら俺だってさ。
美冬のお昼の番組人気だから、ファンもいっぱいいるし不安なの。
だけど、何かあればお互い遠慮しないで言えるからさ。
麗眞たちがよくやるイチャラブも、美冬の方から気乗りしなかったり、何か心配ごとあったりして不安な場合は伝えてくれるぜ?
何もひと月抱けなくても、浮気とかも心配は一切してないし。
そんな関係続けてるとさ、理名ちゃんと拓実みたいに物理的に会えなくなるときに脆いぜ。
喧嘩もするかもしれないけどさ、何でも伝えてこその彼氏じゃねぇの?
この分じゃ、まともに喧嘩したことないだろ」
「コラ賢人。
言い過ぎだぞー」
美冬が小野寺くんを窘める。
「そりゃ確かに、喧嘩は今までないよ。
私が喧嘩にならないように言いたいことあっても遠慮してきたんだもん。
喧嘩になるとつい、もう別れる!って口にしちゃいそうで怖かったの!」
椎菜がそう言った瞬間、部屋のドアが開いて、麗眞くんが姿を見せた。
「……そういうことかよ。
勝手に思い込んでただけなんだよな、俺。
椎菜のことなら何でも分かるって。
椎菜に我慢ばっかりさせてたことにも気付けないで、ごめん」
ベッドにちょこんと腰掛けていた椎菜を、麗眞くんが腕の中に収める。
「俺らの男子部屋くるか?
今は麗眞と椎菜ちゃんには、お互いに、ゆっくり話をさせる時間があったほうがいいだろ。
ついでに、理名ちゃんが深月から言われた宿題も手伝うからさ」
秋山くんがそう言って、彼と小野寺くんを先頭にして、男子部屋へと案内する。
割り当てられている部屋は、家具がブラウン調で纏められていた。
観葉植物もさり気なく置かれていて優雅だ。
カフェにあるカウンター席のようなテーブルもある。
何に使うのだろうか。
「んで?
深月、お前さ、理名ちゃんにどんな無茶な宿題出したんだよ」
「えー?そんな無茶かな。
ただ買ったプレゼント渡すだけじゃつまんないでしょ。
手紙の1通くらいはあったほうが、想いも伝わる、ってもんよ。
ドイツにいても、何かあったときに手紙読み返して、連絡をくれるかもよ?」
「気持ちはわからんでもないけどさ。
いきなりは無茶すぎたんじゃない?」
小野寺くんも言う。
「素直に気持ちを書けばいいんだと思うぞ。
拓実のこと、どれくらい好きかとか。
大学は同じなんだろ?今のところ。
大学入ったらどんなキャンパスライフを夢見てるかとか、未来の話に終止してもいいかもな」
「さすがミッチーだね!
いいこと言う!」
「ありがと!
ヒントは貰ったから、書いてみるよ」
私はそう言って、貰ったレターセットとなぜか1本入っていた黒いゲルインキボールペンを持って、カフェのカウンター席風のテーブルに向かった。
プレゼントを選んだこと。
私はどんなところなのか知らないけれど、ドイツにいても、私のことをきちんと思い出してほしいこと。
会えないけれど、大学に入ったら会えることを願って、私も勉強を頑張ること。
まだ未確定ではあるけれど、キャンパスライフを送るにあたって、家から大学までの往復の時間を削るために、大学近くでの一人暮らしを考えていること。
書いていると溢れてくる想いは便箋1枚には収まらなくて、2枚と少しになってしまった。
華恋がいたずらをして、空いたスペースに今日撮ったプリクラを貼り付けたけれど。
それも、私を思い出してくれそうでいいか、と思った。
「とてもいいと思う!
誤字もないし、理名らしいちょっと硬めの文章なのも特徴出てていいよ!
多忙かつ充実したキャンパスライフを送るにあたって、お互い来年の春に会えるように頑張ろうね!
この一文に理名の真面目さが滲み出てる。
確かに医学部、多忙そうだもんね」
「デートしてる暇あるか?
大丈夫?
理名。
まぁ、理名がホントに一人暮らしするなら、拓実くん家に呼んじゃえばお家デートできるもんね、いいか!」
手紙を読んでみて、誤字や変な言い回しがないかチェックしたのは美冬だ。
さすがアナウンサー志望で、得意科目は現代文なだけある。
「私は一人暮らしするよー。
あ、でも一人暮らししたところで、深月とか美冬、椎菜みたいに男に縁ないからね、シェアハウスとか憧れだな」
華恋が言う。
「私はまだ迷ってる。
そこまで遠いところは選ばないつもりだし、家から通うかな」
「私も、美冬と同じ。
家から通うつもりではあるけど、ちょっとそこまでは考えてなかったな。
そろそろ大学のことも考えなきゃだもんね」
しんみりした空気になったところに、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
「麗眞坊ちゃまからここにいると伺ったものですから。
皆様、帰り支度は済んでおりますか?
順番に、家が遠い方からお送りします。
私についてきてくださいませ」
楽しい歓談の時間はここで終わりのようだ。
相沢さんが皆を送ってくれた車内で、彼がお礼を言った。
「小野寺様、秋山様、それに深月様、美冬様には大変感謝しております。
理名様も、臆することなく正論をぶつけてくださったようで。
あの場で正論を言う勇気はないものです。
理名様だからこそ出来る芸当でしょう。
私が言いづらいことも麗眞坊ちゃまに伝えてくださったようで。
麗眞坊ちゃまはあれから、椎菜様と今後の逢引き、いや失礼、デートの方針についてなどを話し合われておられました。
思えばいつも麗眞坊ちゃまが椎菜さまを屋敷に連れ込んでおられました。
椎菜さまはそれで良いのか、常々疑問でありました。
それゆえ、今回のことで何かおふたりの気持ちの整理がついたのだと感じております」
「華恋の家庭問題のときに、話したことあるよね?
あれ、共依存はなかったか。
共依存。
読んで字のごとく、お互いがお互いに過剰に依存するのよ。
まさしくそれね、あの2人。
椎菜は麗眞くんに依存して、麗眞くんは麗眞くんで彼女に尽くす。
話し合えたことで少し良くなるなら、まだ軽症だったのよ。
共依存関係のカウンセリングも私の母親が得意だからそのうち、2人まとめて家に呼ぶことも考えるわ」
車中はいつもの通り雑談の雰囲気とはいかないまま、皆がそれぞれの家で降りて行った。
乗り気じゃないって理由だけで断ったら、もう次はないんじゃないか、とか。
嫌われるんじゃないかとかも。
とにかくいろんなこと考えちゃって。
バカだよね。
そんなことで嫌われるくらいだったら、今まで続いてないのにね。
何で言えなかったんだろ」
椎菜の声にいつもの透明も明るさもない。
大きな瞳からは大粒の涙が溢れている。
「考えすぎなのよ。
思慮深いのは悪いことではないけどね。
物事には限度があるの。
遠慮することでその先どうなるか?まで考えを巡らせればいいのよ。
思慮深い貴女なら出来るはずよ、椎菜。
乗り気じゃないなら断ればいいじゃない。
遠慮して断らないと、自分の心も身体もツライだけよ。
無理することになるんだから。
貴女、気管支も呼吸器も丈夫じゃないこと、分かってる?
ストレスでも呼吸器症状、出るんだからね?
気をつけなきゃダメよ」
私の口から滑り出たのは、正論しかなかった。
それは確実に、その場の空気を変えた。
「理名の言うとおりよ。
いいじゃない、遠慮することないのよ。
ちゃんと言いたいことは伝えなきゃ。
遠慮しないで何でも言い合えるのがカップル、ってもんじゃない?
私だって乗り気じゃないときは断るもん。
その代わり、代替案として流行りのカフェ行こうか、とか映画見ようか、とかになるし」
美冬の言葉に、小野寺くんも強く頷いた。
「何もイチャラブだけがデートじゃないだろうよ。
とはいえ、片や学園のアイドルだしな、隠れファンは校内中にいるだろうから。
身体重ねて所有印刻んでおかないと不安、ってのは少なからずあるんだろうけど。
それを言うなら俺だってさ。
美冬のお昼の番組人気だから、ファンもいっぱいいるし不安なの。
だけど、何かあればお互い遠慮しないで言えるからさ。
麗眞たちがよくやるイチャラブも、美冬の方から気乗りしなかったり、何か心配ごとあったりして不安な場合は伝えてくれるぜ?
何もひと月抱けなくても、浮気とかも心配は一切してないし。
そんな関係続けてるとさ、理名ちゃんと拓実みたいに物理的に会えなくなるときに脆いぜ。
喧嘩もするかもしれないけどさ、何でも伝えてこその彼氏じゃねぇの?
この分じゃ、まともに喧嘩したことないだろ」
「コラ賢人。
言い過ぎだぞー」
美冬が小野寺くんを窘める。
「そりゃ確かに、喧嘩は今までないよ。
私が喧嘩にならないように言いたいことあっても遠慮してきたんだもん。
喧嘩になるとつい、もう別れる!って口にしちゃいそうで怖かったの!」
椎菜がそう言った瞬間、部屋のドアが開いて、麗眞くんが姿を見せた。
「……そういうことかよ。
勝手に思い込んでただけなんだよな、俺。
椎菜のことなら何でも分かるって。
椎菜に我慢ばっかりさせてたことにも気付けないで、ごめん」
ベッドにちょこんと腰掛けていた椎菜を、麗眞くんが腕の中に収める。
「俺らの男子部屋くるか?
今は麗眞と椎菜ちゃんには、お互いに、ゆっくり話をさせる時間があったほうがいいだろ。
ついでに、理名ちゃんが深月から言われた宿題も手伝うからさ」
秋山くんがそう言って、彼と小野寺くんを先頭にして、男子部屋へと案内する。
割り当てられている部屋は、家具がブラウン調で纏められていた。
観葉植物もさり気なく置かれていて優雅だ。
カフェにあるカウンター席のようなテーブルもある。
何に使うのだろうか。
「んで?
深月、お前さ、理名ちゃんにどんな無茶な宿題出したんだよ」
「えー?そんな無茶かな。
ただ買ったプレゼント渡すだけじゃつまんないでしょ。
手紙の1通くらいはあったほうが、想いも伝わる、ってもんよ。
ドイツにいても、何かあったときに手紙読み返して、連絡をくれるかもよ?」
「気持ちはわからんでもないけどさ。
いきなりは無茶すぎたんじゃない?」
小野寺くんも言う。
「素直に気持ちを書けばいいんだと思うぞ。
拓実のこと、どれくらい好きかとか。
大学は同じなんだろ?今のところ。
大学入ったらどんなキャンパスライフを夢見てるかとか、未来の話に終止してもいいかもな」
「さすがミッチーだね!
いいこと言う!」
「ありがと!
ヒントは貰ったから、書いてみるよ」
私はそう言って、貰ったレターセットとなぜか1本入っていた黒いゲルインキボールペンを持って、カフェのカウンター席風のテーブルに向かった。
プレゼントを選んだこと。
私はどんなところなのか知らないけれど、ドイツにいても、私のことをきちんと思い出してほしいこと。
会えないけれど、大学に入ったら会えることを願って、私も勉強を頑張ること。
まだ未確定ではあるけれど、キャンパスライフを送るにあたって、家から大学までの往復の時間を削るために、大学近くでの一人暮らしを考えていること。
書いていると溢れてくる想いは便箋1枚には収まらなくて、2枚と少しになってしまった。
華恋がいたずらをして、空いたスペースに今日撮ったプリクラを貼り付けたけれど。
それも、私を思い出してくれそうでいいか、と思った。
「とてもいいと思う!
誤字もないし、理名らしいちょっと硬めの文章なのも特徴出てていいよ!
多忙かつ充実したキャンパスライフを送るにあたって、お互い来年の春に会えるように頑張ろうね!
この一文に理名の真面目さが滲み出てる。
確かに医学部、多忙そうだもんね」
「デートしてる暇あるか?
大丈夫?
理名。
まぁ、理名がホントに一人暮らしするなら、拓実くん家に呼んじゃえばお家デートできるもんね、いいか!」
手紙を読んでみて、誤字や変な言い回しがないかチェックしたのは美冬だ。
さすがアナウンサー志望で、得意科目は現代文なだけある。
「私は一人暮らしするよー。
あ、でも一人暮らししたところで、深月とか美冬、椎菜みたいに男に縁ないからね、シェアハウスとか憧れだな」
華恋が言う。
「私はまだ迷ってる。
そこまで遠いところは選ばないつもりだし、家から通うかな」
「私も、美冬と同じ。
家から通うつもりではあるけど、ちょっとそこまでは考えてなかったな。
そろそろ大学のことも考えなきゃだもんね」
しんみりした空気になったところに、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
「麗眞坊ちゃまからここにいると伺ったものですから。
皆様、帰り支度は済んでおりますか?
順番に、家が遠い方からお送りします。
私についてきてくださいませ」
楽しい歓談の時間はここで終わりのようだ。
相沢さんが皆を送ってくれた車内で、彼がお礼を言った。
「小野寺様、秋山様、それに深月様、美冬様には大変感謝しております。
理名様も、臆することなく正論をぶつけてくださったようで。
あの場で正論を言う勇気はないものです。
理名様だからこそ出来る芸当でしょう。
私が言いづらいことも麗眞坊ちゃまに伝えてくださったようで。
麗眞坊ちゃまはあれから、椎菜様と今後の逢引き、いや失礼、デートの方針についてなどを話し合われておられました。
思えばいつも麗眞坊ちゃまが椎菜さまを屋敷に連れ込んでおられました。
椎菜さまはそれで良いのか、常々疑問でありました。
それゆえ、今回のことで何かおふたりの気持ちの整理がついたのだと感じております」
「華恋の家庭問題のときに、話したことあるよね?
あれ、共依存はなかったか。
共依存。
読んで字のごとく、お互いがお互いに過剰に依存するのよ。
まさしくそれね、あの2人。
椎菜は麗眞くんに依存して、麗眞くんは麗眞くんで彼女に尽くす。
話し合えたことで少し良くなるなら、まだ軽症だったのよ。
共依存関係のカウンセリングも私の母親が得意だからそのうち、2人まとめて家に呼ぶことも考えるわ」
車中はいつもの通り雑談の雰囲気とはいかないまま、皆がそれぞれの家で降りて行った。