ビターチョコ
深月ちゃんの分のハンバーグもやっと運ばれてきた。
各々食べ終わって、3杯目のドリンクを飲み干した頃だった。

「そろそろ帰ろうか」

「うん。
もう20時だしね」

言い出したのは、深月ちゃんか、碧ちゃんだったか。
そんなことは、どうでもよかった。
もう、外はすっかり闇に包まれていた。
さすがに、そろそろ帰らなければいけない。
家に帰るのは憂鬱だが、仕方がない。

テーブルにある伝票を手に取って、私はレジに向かう。


「理名ちゃん、お金!
私と深月の分!」

「ああ、いいよ。
レジ前でごたつくのも迷惑だろうし、後で二人の分貰う。
自分の分の金額覚えておいて」

「了解。
ありがとう」

「ありがとう、理名ちゃん」


私は財布から2人の野口英世を取り出して、レジのお札受けに置いた。
ビルのベンチで、深月ちゃんと碧ちゃんからお金を貰った。


「うん。
確かに、受け取りました。
じゃあ、ここで解散だね。

今日はありがとう。
また明日ね?」

私は、深月ちゃんたちとは逆方向の電車だ。
ちょうど来た電車に飛び乗って、最寄駅を目指す。
電車に揺られること20分。
最寄駅の改札を出て、自宅に向かう。
家の玄関を開けて、父親がいないことに胸を撫で降ろした。

制服を脱ぎ、安物のTシャツと中学校の頃のジャージに着替える。

「ただいま、お母さん。
今日は、高校のお友達と外でご飯食べてきたんだ。
宿泊オリエンテーションの時は挨拶できないけどごめんね?」


仏壇に置いてある母親の遺影に言葉を掛ける。
1時間ほどその部屋にいただろうか。
雨が激しく窓を叩きつけていることにも、全く気が付かなかった。
無意識に、電話を鳴らしていた。
画面には、「父」と出ている。
さすがに、この雨では、傘を持っていなければしのげない。
雨で降られて風邪を引かれては、仕事が出来なくなる。

今となっては、岩崎家の大黒柱は父しかいないのだ。
その人が働けなくなったら、家計に甚大な影響が出る。
学費だって、タダではない。
教科書代だって、かかるのだ。

昨日今日で増えた「友達」と、連絡を取ることも増えるだろうから、きっと通信費もかかる。

父も、いくら会社での立場が偉くても、自らの加齢による体力の衰えには勝てない。

煙草は1年前に止めたものの、飲酒はまだ続けている。
今、父に倒れられては困るのだ。

「出ないし」

電話を切って、ジーンズとチェックシャツを羽織る。
すると、電話が鳴った。
来た。
出るの遅いよ。


「……もしもし」


『理名か。
今、タクシーで最寄駅まで帰ってきたところなんだ。
今日、傘を忘れてな。
悪いが、迎えに来てくれるか』


「すぐ行く。
駅の改札を出たところで待ってて」


それだけ告げると電話を切って、レインブーツを履いて傘を1本手に持ち、もう一つのボーダーの傘はさして駅に向かった。
レインブーツは楽だ。
雨が跳ねるのを少しも気にせずに、走ることが出来る。

信号に引っかかると、軽く舌打ちをして、早く迎えに行きたい衝動を堪えた。
私が事故に遭っては、本末転倒だ。

信号が青に変わった瞬間、駅ビルのロータリーを走り抜け、エスカレーターを駆け上がって、改札前に向かった。

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