ビターチョコ
最近、拓実とのビデオ通話がまるでできていない。
碧とのお別れ会の準備とやり残した実力テストに向けての勉強にと忙しかったからだ。
拓実に申し訳ない、という思いが脳に去来した。
頭から冷たいシャワーを浴びる。
髪の毛と身体に纏った泡を洗い流すことで、それらを頭から追い出した。
浴室からあがって、身体を拭いてドライヤーを髪に当てる。
琥珀がちょうど巾着を持って、お店みたいに並んだアメニティを眺めているところだった。
「あ、理名、上がったんだ。
顔が暗いぞ?
さては拓実とビデオ通話できてないから寂しい、ってか?
何なら私がお風呂入ってる間にビデオ通話してればいいじゃない。
拓実くんだって男の子なんだから、彼女の水着姿見てナニか思わないほうがどうかしてるわ。
椎菜だって深月だって、それぞれの彼氏にナニか言われてたみたいだし。
お風呂上がったし、2組ともイチャついてるんじゃない?
美冬と小野寺くんもワンチャン、イチャイチャしてたみたいだしね」
言いたい放題、ってやつだ。
全く、他人事だと思って言うだけ言って。
琥珀は巾着を手首からぶら下げながら、バスルームに引っ込んでいった。
洗面台横の化粧台スペースには、私のスマホが置かれていた。
置いてくれたのは、たった今バスルームに引っ込んでいった彼女だろう。
勇気を出して、スマホのロックを解除してみる。
『今はお昼前なんだ。
今日は病院見学も、語学学校もないから久しぶりの休日。
理名さえ時間あればビデオ通話しない?
可愛い水着の感想も伝えたいし』
今から大丈夫だよ、と一言メッセージを送ると、すぐにテレビ電話が来た。
『理名?
久しぶり。
ごめんね?
俺の方も、なかなか連絡できなくて。
可愛い理名の声聞いて、顔見てから寝たいな、って思うことは何度もあったんだ。
でも、やっぱり時差があるからさ。
生活リズム崩させるのも悪いし、どうしても気が引けちゃった。
日本の23時過ぎだと、こっちだと夕方16時なんだ。
その頃には語学学校も終わるから、部屋には帰ってる。
翌日が土曜日とかならいいけど、理名を寝不足にさせたくないし。
あ、俺ばっかり長々話して、ごめん。
理名と話せたの、嬉しくて』
「私も、拓実の声聞けて嬉しい。
声聞けないと寂しかったもん。
1日終わった気がしない、っていうかなんて言うか、そんな感じ」
『理名。
あんまり可愛いこと言わないで?
日本からこっちに来い、って本当に言いたくなっちゃうし。
ただでさえ、可愛くて色っぽい水着姿の写真見せられて、どうにかなりそうなんだからさ』
「んー?
どうにかなりそう、って?」
『それ言わせちゃう?
そういうところが可愛いんだけど。
だから、麗眞と椎菜ちゃんがよくやってること、俺も理名としたくなる、ってこと。
水着の下が気になって疼いて来てるんだ。
あんまり、理名でそういうこと考えないようにしよう、と思ってはいたけど。
さすがに、可愛いこと彼女の水着姿の写真見せられたらさ、限界。
日本に帰って、無事にお互い大学生になって。
最初の夏くらいに、一緒に行きたいな。
他の野郎どもに理名の可愛い水着姿晒したくないからさ、宝月の屋敷のプールでも借りるか』
「宝月の屋敷は、プールはないんだ。
グアムの別荘行ってもらうしかないなぁ。
オレに言ってくれれば、そこらのプール施設なら貸し切りにできるかも。
タイミングにもよるけど。
あとは、琥珀ちゃんの家借りるのもいいんじゃない?」
そう言って現れたのは、麗眞くんだ。
「あれ、麗眞くん。
椎菜まで、どうしたの?」
麗眞くんの後ろをひょこひょことついてくる椎菜は、ルームウェアのカーディガンのボタンを上まで留めていた。
「んー?
夜飯の支度できたみたいだから、呼びに来たの」
『どうせ、可愛い彼女の水着姿見て、箍が外れて2人でイチャついてたんだろうが。
麗眞の唇の横にラメが付いてるしな。
まあ、気持ちは分からんでもないが。
碧ちゃんも高校変わっちゃうって、寂しくなるな』
「あれ、高校変わる、って言ってないよな。
情報源は琥珀ちゃんか?」
『そうそう。
アネさん、例の気になってる子から夏休み明けにアミューズメント施設に誘われてるらしいんだ。
その服装の相談と、相手を立てたほうがいいか、っていう相談されてさ。
そのときに聞いたの。
お別れ会、楽しめてるみたいで良かった。
修学旅行先、決まったら教えてな。
ドイツだったら、理名とどこかで落ち合ってデートしたいし。
そのためなら、いろいろ死ぬ気で頑張れそうだからさ。
そろそろ、今日ゴミ出しやら色々の担当だから、そろそろ切る。
また話せそうなら連絡くれればいいから。
またね、理名。
麗眞と椎菜ちゃんも、ありがとう!』
私が画面越しに拓実に手を振ると、ビデオ通話は切れた。
……ずるいよ。
そんなこと言われたら、会いたくなっちゃうじゃん。
「恋してるねぇ、理名。
深月とか華恋から恋バナの狙い撃ちされちゃうかもね?
さ、もう夕ご飯だって。
積もる話は後にしよ?
深月と秋山くん、美冬と小野寺くん、華恋や碧も、もういるよ!
私と麗眞は、案内役だから、琥珀を待って、来たら出発するからね!
かく言う私も迷いそうだから、麗眞が先頭だけど」
広いリビング。
お別れ会の装飾は外してある。
白い椅子やソファ、その白と対をなすテーブルの黒。
鏡のようなタイルが、オレンジから夕闇へと変わる空を映し出している。
「あら、皆いるわね。
お久しぶりね」
姿を見せたのは、琥珀の家にいる家政婦さんの相原さんだ。
相原さんの横に、見慣れない男女もいる。
「あ!
麻紀さんに真さん!
お久しぶりです!」
「あ、麗眞くん!
あら、大きくなって。
お父さんにそっくりよ?
彼女さん溺愛のところもね。
微笑ましいわ」
「息子の真紀くんは?」
「バレー部の練習試合、って言ってたわ。
ちょうど正瞭賢とやるみたいだったからね。
琥珀ちゃんの想い人さんとウチの息子、知り合いかもしれないわ」
「僕たちが食事を作っておく間に読んでおくといいよ。
外で迎えてくれた相沢さんから渡されたんだ。
琥珀ちゃんの分と、碧ちゃん、で合ってるかな?」
ダブルクリップで留められた分厚い資料が、琥珀と碧の手に渡った。
麗眞くんや椎菜、深月や琥珀が、相原さんの横にいる男女と仲良さげに話している。
「この子は、私の息子と、その嫁さ。
真と、麻紀ちゃんだ。
私が講師をしていた料理教室を、立派に継いでくれているいい子だ。
私にとっての孫、つまりこの子たちの息子は、残念ながら料理は上手くないがね」
「俺と椎菜、深月ちゃんと琥珀ちゃんの両親とは知り合い同士だ。
ちなみに、碧ちゃんが気になる成司の両親と、こちらにいらっしゃる麻紀さんと真さんは同い年だ。
何せ、同じ高校出身だからな」
ひぇ、繋がり、深すぎない?
この人たち……
そして、ふと目に入った分厚い資料の一部。
『巽 優弥。
正瞭賢にはスポーツ推薦で入学。
父親の巽 一弥は元バレーボール選手。
母親の亜優は体育教師。
両親は同じ高校出身で、なおかつバレーボール部所属部員とマネージャーの関係だったようである。
優弥自身も、割とスポーツ全般が得意。
勉強はそこそこできるが、暗記物は苦手。
バレーボール部では次期部長と噂される。
誰にでも優しいが、琥珀は特別。
幼稚園のゆり組で一緒だった際、保育士が腱鞘炎で腕を痛めてピアノが弾けなかったときがあった。
その際、琥珀がピアノを弾いた。
それ以降、彼女が気になる存在となった。
実際に、小学校の文集でも、将来の夢の欄に『好きな人と結婚する』と優弥は書いている。
小学校と中学校は、優弥が引っ越して学区が変わってしまったため、琥珀とはいられなかったが、正瞭賢で再会。
ピアノは弾けつつも、琥珀の父の影響で護身術等もお手の物な琥珀に驚いていた。
だが、ちょっとした気の緩みに足元を救われそうな彼女の一面をずっと心配していた。
幼少期から、時おり寂しそうな目をする琥珀に気付いていた。
両親とあまり過ごせないでいるためだと、薄々勘付いていたよう。
麻紀と真の息子、真紀とは友人。
よく部活帰りに、真紀がクレーンゲームのコツを優弥に教えていたりもする』
どこまで情報あるんだ。
「ほとんどが宝月興信所のおかげだな。
巽くんの情報の2割は道明とか賢人からの情報があったからそれが作れた。
碧ちゃんに渡した方は、3割が麻紀ちゃんや真さん、琥珀の両親や俺の両親のおかげ。
なんせ、両親が知り合い同士だからな、情報網は無限にあるわけ」
ポカン、と口をあんぐりさせているのは、私を筆頭に、碧ちゃんだ。
私達以外は、むしろ何を驚いているの?という顔をしている。
いやいや、驚くでしょ……
碧とのお別れ会の準備とやり残した実力テストに向けての勉強にと忙しかったからだ。
拓実に申し訳ない、という思いが脳に去来した。
頭から冷たいシャワーを浴びる。
髪の毛と身体に纏った泡を洗い流すことで、それらを頭から追い出した。
浴室からあがって、身体を拭いてドライヤーを髪に当てる。
琥珀がちょうど巾着を持って、お店みたいに並んだアメニティを眺めているところだった。
「あ、理名、上がったんだ。
顔が暗いぞ?
さては拓実とビデオ通話できてないから寂しい、ってか?
何なら私がお風呂入ってる間にビデオ通話してればいいじゃない。
拓実くんだって男の子なんだから、彼女の水着姿見てナニか思わないほうがどうかしてるわ。
椎菜だって深月だって、それぞれの彼氏にナニか言われてたみたいだし。
お風呂上がったし、2組ともイチャついてるんじゃない?
美冬と小野寺くんもワンチャン、イチャイチャしてたみたいだしね」
言いたい放題、ってやつだ。
全く、他人事だと思って言うだけ言って。
琥珀は巾着を手首からぶら下げながら、バスルームに引っ込んでいった。
洗面台横の化粧台スペースには、私のスマホが置かれていた。
置いてくれたのは、たった今バスルームに引っ込んでいった彼女だろう。
勇気を出して、スマホのロックを解除してみる。
『今はお昼前なんだ。
今日は病院見学も、語学学校もないから久しぶりの休日。
理名さえ時間あればビデオ通話しない?
可愛い水着の感想も伝えたいし』
今から大丈夫だよ、と一言メッセージを送ると、すぐにテレビ電話が来た。
『理名?
久しぶり。
ごめんね?
俺の方も、なかなか連絡できなくて。
可愛い理名の声聞いて、顔見てから寝たいな、って思うことは何度もあったんだ。
でも、やっぱり時差があるからさ。
生活リズム崩させるのも悪いし、どうしても気が引けちゃった。
日本の23時過ぎだと、こっちだと夕方16時なんだ。
その頃には語学学校も終わるから、部屋には帰ってる。
翌日が土曜日とかならいいけど、理名を寝不足にさせたくないし。
あ、俺ばっかり長々話して、ごめん。
理名と話せたの、嬉しくて』
「私も、拓実の声聞けて嬉しい。
声聞けないと寂しかったもん。
1日終わった気がしない、っていうかなんて言うか、そんな感じ」
『理名。
あんまり可愛いこと言わないで?
日本からこっちに来い、って本当に言いたくなっちゃうし。
ただでさえ、可愛くて色っぽい水着姿の写真見せられて、どうにかなりそうなんだからさ』
「んー?
どうにかなりそう、って?」
『それ言わせちゃう?
そういうところが可愛いんだけど。
だから、麗眞と椎菜ちゃんがよくやってること、俺も理名としたくなる、ってこと。
水着の下が気になって疼いて来てるんだ。
あんまり、理名でそういうこと考えないようにしよう、と思ってはいたけど。
さすがに、可愛いこと彼女の水着姿の写真見せられたらさ、限界。
日本に帰って、無事にお互い大学生になって。
最初の夏くらいに、一緒に行きたいな。
他の野郎どもに理名の可愛い水着姿晒したくないからさ、宝月の屋敷のプールでも借りるか』
「宝月の屋敷は、プールはないんだ。
グアムの別荘行ってもらうしかないなぁ。
オレに言ってくれれば、そこらのプール施設なら貸し切りにできるかも。
タイミングにもよるけど。
あとは、琥珀ちゃんの家借りるのもいいんじゃない?」
そう言って現れたのは、麗眞くんだ。
「あれ、麗眞くん。
椎菜まで、どうしたの?」
麗眞くんの後ろをひょこひょことついてくる椎菜は、ルームウェアのカーディガンのボタンを上まで留めていた。
「んー?
夜飯の支度できたみたいだから、呼びに来たの」
『どうせ、可愛い彼女の水着姿見て、箍が外れて2人でイチャついてたんだろうが。
麗眞の唇の横にラメが付いてるしな。
まあ、気持ちは分からんでもないが。
碧ちゃんも高校変わっちゃうって、寂しくなるな』
「あれ、高校変わる、って言ってないよな。
情報源は琥珀ちゃんか?」
『そうそう。
アネさん、例の気になってる子から夏休み明けにアミューズメント施設に誘われてるらしいんだ。
その服装の相談と、相手を立てたほうがいいか、っていう相談されてさ。
そのときに聞いたの。
お別れ会、楽しめてるみたいで良かった。
修学旅行先、決まったら教えてな。
ドイツだったら、理名とどこかで落ち合ってデートしたいし。
そのためなら、いろいろ死ぬ気で頑張れそうだからさ。
そろそろ、今日ゴミ出しやら色々の担当だから、そろそろ切る。
また話せそうなら連絡くれればいいから。
またね、理名。
麗眞と椎菜ちゃんも、ありがとう!』
私が画面越しに拓実に手を振ると、ビデオ通話は切れた。
……ずるいよ。
そんなこと言われたら、会いたくなっちゃうじゃん。
「恋してるねぇ、理名。
深月とか華恋から恋バナの狙い撃ちされちゃうかもね?
さ、もう夕ご飯だって。
積もる話は後にしよ?
深月と秋山くん、美冬と小野寺くん、華恋や碧も、もういるよ!
私と麗眞は、案内役だから、琥珀を待って、来たら出発するからね!
かく言う私も迷いそうだから、麗眞が先頭だけど」
広いリビング。
お別れ会の装飾は外してある。
白い椅子やソファ、その白と対をなすテーブルの黒。
鏡のようなタイルが、オレンジから夕闇へと変わる空を映し出している。
「あら、皆いるわね。
お久しぶりね」
姿を見せたのは、琥珀の家にいる家政婦さんの相原さんだ。
相原さんの横に、見慣れない男女もいる。
「あ!
麻紀さんに真さん!
お久しぶりです!」
「あ、麗眞くん!
あら、大きくなって。
お父さんにそっくりよ?
彼女さん溺愛のところもね。
微笑ましいわ」
「息子の真紀くんは?」
「バレー部の練習試合、って言ってたわ。
ちょうど正瞭賢とやるみたいだったからね。
琥珀ちゃんの想い人さんとウチの息子、知り合いかもしれないわ」
「僕たちが食事を作っておく間に読んでおくといいよ。
外で迎えてくれた相沢さんから渡されたんだ。
琥珀ちゃんの分と、碧ちゃん、で合ってるかな?」
ダブルクリップで留められた分厚い資料が、琥珀と碧の手に渡った。
麗眞くんや椎菜、深月や琥珀が、相原さんの横にいる男女と仲良さげに話している。
「この子は、私の息子と、その嫁さ。
真と、麻紀ちゃんだ。
私が講師をしていた料理教室を、立派に継いでくれているいい子だ。
私にとっての孫、つまりこの子たちの息子は、残念ながら料理は上手くないがね」
「俺と椎菜、深月ちゃんと琥珀ちゃんの両親とは知り合い同士だ。
ちなみに、碧ちゃんが気になる成司の両親と、こちらにいらっしゃる麻紀さんと真さんは同い年だ。
何せ、同じ高校出身だからな」
ひぇ、繋がり、深すぎない?
この人たち……
そして、ふと目に入った分厚い資料の一部。
『巽 優弥。
正瞭賢にはスポーツ推薦で入学。
父親の巽 一弥は元バレーボール選手。
母親の亜優は体育教師。
両親は同じ高校出身で、なおかつバレーボール部所属部員とマネージャーの関係だったようである。
優弥自身も、割とスポーツ全般が得意。
勉強はそこそこできるが、暗記物は苦手。
バレーボール部では次期部長と噂される。
誰にでも優しいが、琥珀は特別。
幼稚園のゆり組で一緒だった際、保育士が腱鞘炎で腕を痛めてピアノが弾けなかったときがあった。
その際、琥珀がピアノを弾いた。
それ以降、彼女が気になる存在となった。
実際に、小学校の文集でも、将来の夢の欄に『好きな人と結婚する』と優弥は書いている。
小学校と中学校は、優弥が引っ越して学区が変わってしまったため、琥珀とはいられなかったが、正瞭賢で再会。
ピアノは弾けつつも、琥珀の父の影響で護身術等もお手の物な琥珀に驚いていた。
だが、ちょっとした気の緩みに足元を救われそうな彼女の一面をずっと心配していた。
幼少期から、時おり寂しそうな目をする琥珀に気付いていた。
両親とあまり過ごせないでいるためだと、薄々勘付いていたよう。
麻紀と真の息子、真紀とは友人。
よく部活帰りに、真紀がクレーンゲームのコツを優弥に教えていたりもする』
どこまで情報あるんだ。
「ほとんどが宝月興信所のおかげだな。
巽くんの情報の2割は道明とか賢人からの情報があったからそれが作れた。
碧ちゃんに渡した方は、3割が麻紀ちゃんや真さん、琥珀の両親や俺の両親のおかげ。
なんせ、両親が知り合い同士だからな、情報網は無限にあるわけ」
ポカン、と口をあんぐりさせているのは、私を筆頭に、碧ちゃんだ。
私達以外は、むしろ何を驚いているの?という顔をしている。
いやいや、驚くでしょ……