ビターチョコ
言われるがままに今日も広すぎる豪邸にお世話になる。

「それにしても、大学生だなんて。

ちょっとどころじゃない、かなり羨ましいかも。

カリキュラムもある程度自由だし。

必修科目は、いくつかあるらしいけど。

空き時間は資格の勉強をしてもいい。

バイトしてもサークル入ってもいいって、なんか天国みたい。

まぁ、私は賢人と同棲するから、多分学業とバイトで手一杯になるだろうけど」

「うわ、学生で同棲宣言かぁ。

まぁでも、成司くんの両親みたいに、高校卒業と同時に入籍、はさすがにないよね?

美冬も小野寺くんも、ちゃんと夢あるしね。

それをお互い叶えてから、っていうの、いいと思うなぁ」

深月がチュールがふんだんに使われた下着を身に着けながら、美冬の言葉に相槌をうった。

「ほんとほんと。
今日の話聞いて、こう思ったわ。

進路はバラバラになっても、繋がりは失わないようにしないとな、って思った。

いつどこで、どんな人脈が役に立つか分からないし」

椎菜も指通りの良い茶髪にドライヤーの温風を当てながら言う。

そのドライヤーの音に負けないように、私も答えた。

「そうだね。

あわよくば、ここにいる皆が、ここにいない琥珀も夢を叶えた後がいいな。

深月や椎菜の両親たちみたいに毎年じゃなくていい。

どこかに集まっていろいろ話したい、って思った」

「お?

理名からそんな言葉が出てくるなんて。

うん、やりたいな、それ」

始業式の前日に、胸元まであった長さの髪を鎖骨辺りまで切った美冬。

まだそれに慣れないのか首を少しひねった。

ラウンジにいる友映ちゃんの様子を見てくると言い残して、脱衣所を出ていった。

少しのぼせたらしく、友映ちゃんはラウンジにいるのだ。

慣れない環境と、1つ年上の先輩ばかりに囲まれて、緊張や不安があったに違いない。

気丈に振る舞ってはいたが、やはり1歳の年齢差でも壁を感じるものなのだろう。

彼女が時折不安そうな顔をしていたのに、美冬や深月、もちろん椎菜も気付いていたようだ。

皆は気付いていたのに、何で私だけ気づかなかったんだろう。

年下との絡みも、そつなくこなしそうな拓実なら、なにか言ってくれるだろうか。

そんなことを考えていると、拓実に会いたくなってくる。

秋の夜長はダメだ。

夜が長いと、ついつい物思いに耽ってしまう。

私までラウンジに行くわけにはいかない。

自販機が並ぶ休憩場に行って、飲み物でも買おう、と思った。

すると、勢いよく誰かにぶつかった。

「いったぁ……」

「おや、大変失礼致しました!
お怪我はございませんか?
理名様」

声が降ってきた高さと、私のことすらも様づけする丁寧さ。

相沢さんか。

「大丈夫です、軽くぶつかっただけですので。
お気遣いなく」

そう言って去ろうとすると、後ろから声が飛んだ。

「ちょうどよかったです。

ドイツに飛んでいる宝月の使用人から、定期報告のレポートが送られてきましてね。

内容はもちろん、拓実様のことです。

理名様も拝見されたいだろうと思いまして、1部コピーをしてあります。

よろしければご覧ください。

現地での拓実様の様子が、詳細に綴ってございます」

私は、相沢さんから分厚い資料を渡された。A4用紙30枚前後はあるだろうか。

それを休憩室で読み耽った。

相沢さんの言う通り、拓実の様子が詳細に綴ってあった。

朝起きる時間から、語学学校に通う時間、終わる時間、病院見学の時間まで。

ここまで細かいのは、合間を縫ってどちらかがビデオ通話ができるようにだろうか。

語学学校での様子や、ルームシェア相手とうまくやれていること。

病院見学時の現地スタッフとの接し方まで、事細かく書かれていた。

楽しい日々を過ごしているようだ。

報告書には、以下のような内容が、事細かに書かれていた。

『ルームシェア相手とも、病院見学時のスタッフとの仲も良好。

しかし、1人になったときに、物思いに耽るような素振りを見せるのは気になる。

日本にいるというガールフレンドのことが気にかかるのか。

そこまで一緒にいたいなら、連れてくれば良かったのに、とも思うが、そこは触れまい。

個人の事情もある。

その彼女であったり、家族とも定期的にビデオ通話をしているようだし、ホームシック等の心配もない。

来月は病院見学の頻度は少なめになる。

語学学校がメインになるであろう。

合間に、現地の大学も少し視察させる。

こちらの朝晩は15度をきる。

日本の今の時期の気候とは大きく異なる。

さらに来月になると、日本の初冬のような気温になる。

体調を崩したりしないように、注意深く見守る必要がある』

ドイツ、寒いんだ。

修学旅行の時は暖かくしていかないとなぁ。

拓実に心配されちゃう。

そんなことをずっと考えていた。

私の記憶はそこで途切れた。
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