ビターチョコ
椎菜は麗眞くんとイチャイチャしているのだろう。
そう思い、深月や美冬たちと脱衣場を出た。

すると、休憩スペースに桜木くん以外のいつものメンツがいた。

「先に部屋にいるってよ。

まぁ、今頃は同じグループになった学園の公認カップルに、理名ちゃんへの態度についていろいろ詰められてるだろうが」

「憧れる気持ちは分からんでもないけどな。

理名ちゃんの母親さんが癌を患う前に主治医になったのが、彼の母親だったそうだ。

治療の甲斐なく、彼の母親は亡くなったそうだがな」

「偶然とはいえ、その娘に会えたんだ。

言いたいことはいろいろあるんだろう。

だからといって、既に売約済みの子に言い寄るのは感心しないがな」

え、そうだったの?

きっと、私達女性陣の入浴が終わるのを待つ間に、いろいろと男性陣が聞き出したんだろう。

おそらく、なかなか本音を口にしない彼女を持つ秋山くんと麗眞くんあたりが中心になって。

「そういえば、聞いたな。

延命治療を桜木くんの父親が望まなかった、って話。

理名ちゃんの母親さんはもちろん、最後まで治療をしたがったようだけれど」

そんな事情があったのか。
ベタベタされるのは苦手だけれど、少しなら話してもいいかもしれない。

何より、悪い人ではない。

食堂に行こうと麗眞くんと椎菜に促された。

男性陣は、夕食後の入浴になるらしい。

大所帯で食堂に向かうと、夏野菜がふんだんに使われたメニューが並んでいた。

皆がそれぞれスープやサラダに舌鼓を打つ中、私は隣の席の桜木くんにいろいろと話しかけられた。

「宝月と矢榛から聞いたけど、君の彼氏、って桐原 拓実くん?」

その問いに、頷きを返すと、彼の顔が綻んだ。

「拓実の名前を聞いたのは中学生以来だなぁ!

アイツとは、塾が一緒でさ。

当時からモテてたよ。

だけど、本人は一度も彼女作ってなかったけどな。

ちゃんと志のある、医療従事者の女性となら、考えてもいい、の一点張りで。

理名ちゃんがアイツにとっても初の彼女、ってわけだ。

アイツには頭脳面でも恋愛面でも敵わないな」

実は初でもなかったけれど、という言葉は飲み込んだ。

「聞いてるよ。

拓実………アイツとしてはそんなつもりはまるでなかったが、向こうが彼女面をしてきてた女だろ?

その子に、理名ちゃんもとんでもない目に遭ったってね。

助けたかったけど、これ以上関係ない男がしゃしゃり出ても迷惑だろうから、止めた。

気疲れしてたんだろ、階段から落ちた理名ちゃんの下敷きになるくらいに留めたよ」

彼のその言葉で思い出した。

麗眞くんに背中に背負われて保健室に連れて行かれた日があった。

確か、まだ高校1年生だった頃だ。

その前に、気が付いたら階段から足を踏み外していて、予想した強い衝撃はなかったのだ。

その時に、私が下敷きにしてしまった男子生徒がいた。

もしかして、その子が、今私の隣に座っている桜木くん!?

「あ、もしかしてあの時の……!

ごめん、下敷きにしちゃって……

階段から転がり落ちても何の怪我もなかったの、桜木くんのおかげだよ!
ありがとう!」

「何?そんなことあったの?
理名ってば、もう。

無理しすぎなのよ。

身体は一つしかないのよ?

あまり無茶をすると、琥珀みたいなことになるわよ、まったくもう」

深月にも軽く窘められた。

ただ、その深月本人も何足もわらじを履いているのだが。

ここに華恋がいたら、いろいろ彼女にもツッコミを入れられただろう。

彼女は、途中で輪を抜けた。

琥珀のお見舞いに行く、と言っていた。

お見舞いが3割、巽くんとのアレコレを探りたいのが7割位なのだろうが。

「まぁまぁ。

俺たちはそういう無茶しそうな子を親友として見守ってやるのがいいかもな。

桜木くんなんか、常に理名ちゃんを目で追ってるから、余裕で出来そうだけど」

秋山くんが、食事の手を止めて深月の頭を軽く撫でながら言った。

こういうところが、この2人がいいカップルだという証拠だ。

依存しすぎるわけでもなく、上手く相手のパスを受け止めた後、的確に投げ返すことが出来ている。

いつか、拓実とこんなやり取りができたらいいな、と強く思わされた。
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