ビターチョコ
お昼休みが終わる、15分前。
「行こ!
理名!」
脚を引きずりながら私に声を掛けてきたのは琥珀だ。
「おい、無理するなよ。
完全に治ってないんだろ」
慌てて肩を貸すのは、巽くんだ。
深月か美冬がここに居れば、琥珀を肘で小突いていそうだ。
そろそろマジで傍から見たら恋人じゃん、早く返事しちゃいなよと言っていることだろう。
「もう、早く付き合っちゃえば?
あー、二人を見てると余計暑くなってくるわ」
そう言うのは、恋愛のカリスマの異名をほしいままにする、華恋だ。
「まぁ、気持ちは分からんでもないな。
変なことすると容赦なくジークンドーの技喰らわせそうだしな。
ってか、急がないと遅れるんじゃね?
琥珀ちゃんの脚を気遣って、この時間に教室出てるんだろ、お前ら」
そう声が飛んだ。
講演があるからか、メガネを掛けたままの桜木くんが後ろにいた。
「そうだった!
ありがと、桜木くん!
琥珀は無理しないでね?
行くよー!」
華恋はにこやかに、桜木くんに話しかけているのを見て、心底華恋を尊敬した。
私はどうしても、彼と相対すると、態度に出て
しまう。
深月と椎菜によると、桜木くんと話しているときの私は、眉間に深く皺を寄せているという。
また、口調も深月や椎菜と初対面のときの口調に近くなっているそうだ。
華恋みたいに話せるようにならないとな。
そんなことを思いながら、琥珀をサポートするように後ろを歩く。
体育館に着くと、すでに皆はお行儀よく体育座りをしていた。
「早く座れー!
帳、巽、桜木、岩崎!」
私を、というより琥珀と目が合った壇上の女性が、パチリと片目を瞑った。
壇上にいたのは、オフホワイトのブラウスにジャケット。
グレーとミントグリーンともつかない色合いのロングレーススカートが印象的な女性だ。
その女性は私に目を向けると、さり気なく座るように目で合図した。
口角はずっと上がっていたが目は意志の強さを表すようにキリッとしている。
麗眞くんたちから弁護士という職業と育児の両立を見事にこなしていると聞いていた。
さぞかし疲れているだろうに、顔に一切の疲れが見えない。
……プロだ。
素直にそう思った。
「皆さん、こんにちは!
弁護士をしています、御劔 華恵|漢字と申します。
ワイドショーに出るときは『ハナさん』って呼ばれてるから、そちらで耳馴染みがある人もいるかな?
5年前に、法律が大きく変わりました。
皆さんも、あと1年で『成人』と認められる年齢になります。
出来るようになることが一気に増えるので、それについて、今日は講演したいと思って来ました。
不慣れなところもありますが、お付き合いいただけると嬉しいです!」
パチリ、と片目を瞑った華恵さん。
彼女持ち以外の男子高校生の目がハートになった気がする。
子持ちの母親とは思えないほどのスタイルの良さ(とりわけDはあると思われる胸の大きさ)に釘付けになっているのだろう。
成人年齢が引き下げになると、婚姻可能年齢が男女共に統一されるらしい。
残念だったね、と言わんばかりに、深月や美冬、華恋に肩や背中をトン、とされたのは椎菜だ。
そうか、法律が変わる前は、現在17歳の椎菜は結婚できたわけだ。
相手は言わずもがなだろうが。
その様子を見やってか、麗眞くんがキッと目線を深月たちに投げた。
てへ、とこれ見よがしに舌をぺろと出したのは華恋だ。
その彼女は、今は18歳になれば賃貸物件の契約も1人で行える、という部分を、一字一句逃すまいと、メモをとっていた。
早く毒親から逃げ出したいのだろう。
「賃貸物件の契約は出来るわ。
ただ、高校を卒業したばかりだと、現実問題として契約できるかは雲行きが怪しくなるの。
このことだけは肝に銘じておいてね」
華恵さんの言葉に、分かりやすいくらいにしょげた華恋。
「この後、教室に戻ったらアンケートを書いてもらうけど、今の時代らしく、QRコードをスマホで読み込んで、答えてもらうわ。
その方が、誰にも回答を見られないから気が楽でしょうと思ってね。
そこに質問があれば遠慮なく書いてね。
メールアドレスは学校のものを入力してもいいし、個人のものを入力してもいいわ。
個人情報はしっかり守るから。
好評だったら、第2弾を考えてもいいかも、とは思っているから、また会えるかもしれないわね」
そう言って、華恵さんはマイクを切ると、部員の美冬に手渡した。
「講演は以上で終了になります。
御劔 華恵さんに大きな拍手を!」
美冬のアナウンスで、皆から惜しみない拍手が送られた。
華恵さんは恥ずかしそうにしながら舞台袖に引っ込んでいった。
「では、皆さんも各自教室に戻ってください」
小野寺くんの放送で、各々体育館を出ていく。
人が捌けた後、私たちも行きと同じように琥珀を先導しながら教室に戻ろうとした瞬間のことだった。
「琥珀ちゃん?
久しぶりね!
レン……貴方のお父さんの知り合い……
つまりそこに居る麗眞くんのお父さんから聞いたわ。
もう、無茶し過ぎよ、相変わらずね」
マイク越しの声より少し穏やかで快活な声は、先程の華恵さんだ。
「お久しぶりです、華恵さん!
優美ちゃんと優華ちゃん、元気ですか?」
そう言って明るく華恵さんに話しかける琥珀。
華恵さんは、横にいる巽くんを目ざとく見つけると、何かを勘付いたような笑みを浮かべる。
「ふふ。
昔の私とミツ……って言っても分からないわよね、ごめんなさい。
今の旦那のことなんだけどね。
昔の、学生だった頃の私たちそっくりよ」
そこで言葉を区切った彼女。
早く戻らないと、担任教師が心配するわよと言って、私たちに早く教室に戻るよう促した。
深月と秋山くんは、華恵さんに何やら話しかけられていた。
「行こ!
理名!」
脚を引きずりながら私に声を掛けてきたのは琥珀だ。
「おい、無理するなよ。
完全に治ってないんだろ」
慌てて肩を貸すのは、巽くんだ。
深月か美冬がここに居れば、琥珀を肘で小突いていそうだ。
そろそろマジで傍から見たら恋人じゃん、早く返事しちゃいなよと言っていることだろう。
「もう、早く付き合っちゃえば?
あー、二人を見てると余計暑くなってくるわ」
そう言うのは、恋愛のカリスマの異名をほしいままにする、華恋だ。
「まぁ、気持ちは分からんでもないな。
変なことすると容赦なくジークンドーの技喰らわせそうだしな。
ってか、急がないと遅れるんじゃね?
琥珀ちゃんの脚を気遣って、この時間に教室出てるんだろ、お前ら」
そう声が飛んだ。
講演があるからか、メガネを掛けたままの桜木くんが後ろにいた。
「そうだった!
ありがと、桜木くん!
琥珀は無理しないでね?
行くよー!」
華恋はにこやかに、桜木くんに話しかけているのを見て、心底華恋を尊敬した。
私はどうしても、彼と相対すると、態度に出て
しまう。
深月と椎菜によると、桜木くんと話しているときの私は、眉間に深く皺を寄せているという。
また、口調も深月や椎菜と初対面のときの口調に近くなっているそうだ。
華恋みたいに話せるようにならないとな。
そんなことを思いながら、琥珀をサポートするように後ろを歩く。
体育館に着くと、すでに皆はお行儀よく体育座りをしていた。
「早く座れー!
帳、巽、桜木、岩崎!」
私を、というより琥珀と目が合った壇上の女性が、パチリと片目を瞑った。
壇上にいたのは、オフホワイトのブラウスにジャケット。
グレーとミントグリーンともつかない色合いのロングレーススカートが印象的な女性だ。
その女性は私に目を向けると、さり気なく座るように目で合図した。
口角はずっと上がっていたが目は意志の強さを表すようにキリッとしている。
麗眞くんたちから弁護士という職業と育児の両立を見事にこなしていると聞いていた。
さぞかし疲れているだろうに、顔に一切の疲れが見えない。
……プロだ。
素直にそう思った。
「皆さん、こんにちは!
弁護士をしています、御劔 華恵|漢字と申します。
ワイドショーに出るときは『ハナさん』って呼ばれてるから、そちらで耳馴染みがある人もいるかな?
5年前に、法律が大きく変わりました。
皆さんも、あと1年で『成人』と認められる年齢になります。
出来るようになることが一気に増えるので、それについて、今日は講演したいと思って来ました。
不慣れなところもありますが、お付き合いいただけると嬉しいです!」
パチリ、と片目を瞑った華恵さん。
彼女持ち以外の男子高校生の目がハートになった気がする。
子持ちの母親とは思えないほどのスタイルの良さ(とりわけDはあると思われる胸の大きさ)に釘付けになっているのだろう。
成人年齢が引き下げになると、婚姻可能年齢が男女共に統一されるらしい。
残念だったね、と言わんばかりに、深月や美冬、華恋に肩や背中をトン、とされたのは椎菜だ。
そうか、法律が変わる前は、現在17歳の椎菜は結婚できたわけだ。
相手は言わずもがなだろうが。
その様子を見やってか、麗眞くんがキッと目線を深月たちに投げた。
てへ、とこれ見よがしに舌をぺろと出したのは華恋だ。
その彼女は、今は18歳になれば賃貸物件の契約も1人で行える、という部分を、一字一句逃すまいと、メモをとっていた。
早く毒親から逃げ出したいのだろう。
「賃貸物件の契約は出来るわ。
ただ、高校を卒業したばかりだと、現実問題として契約できるかは雲行きが怪しくなるの。
このことだけは肝に銘じておいてね」
華恵さんの言葉に、分かりやすいくらいにしょげた華恋。
「この後、教室に戻ったらアンケートを書いてもらうけど、今の時代らしく、QRコードをスマホで読み込んで、答えてもらうわ。
その方が、誰にも回答を見られないから気が楽でしょうと思ってね。
そこに質問があれば遠慮なく書いてね。
メールアドレスは学校のものを入力してもいいし、個人のものを入力してもいいわ。
個人情報はしっかり守るから。
好評だったら、第2弾を考えてもいいかも、とは思っているから、また会えるかもしれないわね」
そう言って、華恵さんはマイクを切ると、部員の美冬に手渡した。
「講演は以上で終了になります。
御劔 華恵さんに大きな拍手を!」
美冬のアナウンスで、皆から惜しみない拍手が送られた。
華恵さんは恥ずかしそうにしながら舞台袖に引っ込んでいった。
「では、皆さんも各自教室に戻ってください」
小野寺くんの放送で、各々体育館を出ていく。
人が捌けた後、私たちも行きと同じように琥珀を先導しながら教室に戻ろうとした瞬間のことだった。
「琥珀ちゃん?
久しぶりね!
レン……貴方のお父さんの知り合い……
つまりそこに居る麗眞くんのお父さんから聞いたわ。
もう、無茶し過ぎよ、相変わらずね」
マイク越しの声より少し穏やかで快活な声は、先程の華恵さんだ。
「お久しぶりです、華恵さん!
優美ちゃんと優華ちゃん、元気ですか?」
そう言って明るく華恵さんに話しかける琥珀。
華恵さんは、横にいる巽くんを目ざとく見つけると、何かを勘付いたような笑みを浮かべる。
「ふふ。
昔の私とミツ……って言っても分からないわよね、ごめんなさい。
今の旦那のことなんだけどね。
昔の、学生だった頃の私たちそっくりよ」
そこで言葉を区切った彼女。
早く戻らないと、担任教師が心配するわよと言って、私たちに早く教室に戻るよう促した。
深月と秋山くんは、華恵さんに何やら話しかけられていた。