ビターチョコ
洋服選びは楽しいものになった。

琥珀が照れながら、華恋に勧められるまま、服を選んでいた。

マスタードのニットとグレーのパンツ、くすんだグリーンのニットを買っていた。

コートがないとあっちは今もう寒いかも、と私が言うと、コートはあるという。

琥珀のが終わると、次は私の番だとでも言いたげに、次の店に行って今度は私の服を選んだ。

「ドット柄のスカートでいいんじゃないかな。

最後に拓実くんと会った空港ではドット柄のワンピースだったじゃない。

懐かしくなってロストさせたくなるんじゃないかな、理名のこと。

きっとね?

あと、こんな感じで今季流行ってるグレーの光沢のあるプリーツスカート。

これであとはブルーとパープルのニットを1着ずつ買えば、修学旅行の間は着回せちゃうわ」

サラリと言う華恋。

結局、彼女に勧められるがまま、私も服を数着購入した。

バイトでの貯金を半分使ってしまった。

「そろそろお腹空いてきたね」

琥珀の言葉で、ふと時計を見ると、もう午後14時だった。

楽しい時間は過ぎるのが早い。

軽いものでも食べようと、フロアガイドを覗いた。

フロアガイドの看板前に既に居た人と軽く肩がぶつかってしまい、謝った。

そのすぐ後に、上から聞き覚えのある声が降ってきた。

「あれ、琥珀ちゃん!

あら、もうすっかり脚も大丈夫そうね。

この間は引きずっていたから、心配してたのよ。

それに、この間の子たちも。

講演以来ね。

そっか、正瞭賢の文化祭、この間だったから、その代休なのね。

劇も見させてもらったわ」

琥珀が、華恵さん!と顔を輝かせている。

隣には、見たことのない男性がいた。

「琥珀ちゃんか!?

久しぶりだなぁ。

あのグアム旅行以来か。

ご両親は元気かな?

私も異動続きで、全然顔を見れていないんだがな」

「元気ですよ。
娘の私ですら、顔を見ないですけど。

連絡はたまに取っていますから分かります。

優作(ゆうさく)さんとは初めまして、ですね。

こちら、私の同級生の2人です。

お2人揃って会えるなんて、レア中のレアで。

深月と椎菜も、デートなんてしてないで来ればよかったのに」

顔にクエスチョンマークを貼り付けている私と華恋に、琥珀が耳打ちしてくれた。

男の人の正体は、華恵さんの旦那の優作さんだという。

「もう、琥珀ちゃん。

こんなところで堅苦しい自己紹介はナシにしましょう!

私たちも、これからお昼ご飯なのよ。

よかったらご一緒しない?

ミツ、いいわよね」

「ハナと2人なら、その気になればいつでも行ける。

だが、俺たちの同級生の娘たち会えたのも何かの縁だ。

琥珀ちゃんはいいとして、他の2人が抵抗ないようなら、構わないよ」

「でも、お二人の時間を邪魔しちゃ、悪いし」

「わぁ、いいんですか!?

気になってたんです!
お2人の馴れ初めとか、この間、琥珀に言ってた自分たちの学生時代とそっくりだ、って言葉の意味!

いろいろ、お話聞かせてください!」

小声で言った私の声は、華恋のテンション高めな声にかき消された。

華恵さんセレクトの洋食屋。

店の照明も椅子の配置も、アンティークな雰囲気を醸し出していた。

その道すがら、華恋と私は、華恵さんと優作さんに改めて名前を名乗った。

「理名ちゃんに、華恋ちゃんね。
2人共、いい名前ね。

両親のセンスが良かったのね」

華恵さんにそう言われて、苦虫を噛み潰したような顔をしたのは、華恋だ。

「レストランに着いたら、いいえ。

この間の講演の時から、気になっていたの。

18歳になったら賃貸物件契約が出来るって話のときに、一言一句聞き逃すまいとしていた華恋ちゃんのことがね。

話したくなかったり、レストランという不特定多数の人がいる場では話せない。
そう言うのなら、それ相応の場所を提供するわ。

こうして顔見知りになったんですもの。

私に何か出来るなら、力にならせてほしいのよ」

優作さんが小さく嘆息して、頭をゆっくり左右に振った。

「ハナ。

自分で、この間の講演の後、体調を崩した深月ちゃんと、その彼氏に言ったんだよな?

何足も草鞋を履かせるなと。

彼女は人に頼るのを良しとしない節があるから、何でも1人で背負い込みやすい。

それでも弱音は吐かずにこなせてしまうから、周囲も無理していることには気付かない、って。

自分も同じ轍を踏む気か?

そういうところが好きなところの1つなんだが。

今、何件依頼抱えているんだよ。

自分で自分への負担をかけるなと何回言えば分かってくれるんだ。

今は仕事だけじゃない。

優美と優華も、まだ俺たちの手を離れていないんだ。

俺がハナの近くに居られる場所に、異動の希望を出したのは、正解だったな。

俺も力になれることがあれば協力する。

話せるね?」

華恋は、自分の母親の毒親っぷりを、少しずつではあるが、法曹の世界にいる夫婦に話していた。

今は母親と一緒に住んでおらず、ある日突然家から姿を消していたらしい。

家の金庫に残しておいてくれた母親の通帳から、学費分や日々の生活費、家賃などを取り崩して生活してはいるようだ。

しかし、そのお金の底がつくのが時間の問題なことは、知らなかった。

「ごめんなさいね、華恋ちゃん。

レン、つまり、貴方たちの学園の理事長で、同級生の麗眞くんの父親のことね。

彼にいろいろ手を回してもらってね。

深月ちゃんにも了承を得たわ。

入院して検査をした結果、外傷は癒えている。

後は心を何とかしないと、って話になってね。

貴女の母親は今、深月ちゃんの母と、彼女の恩師の精神科医と一緒に、アメリカでカウンセリングを受けているの。

貴女のいないときに連れ出したのよ。

ごめんなさいね。

母親にしばらく会えなくなる深月ちゃんも、事情は知ってるわ。

深月ちゃんには頼れる彼氏さんがいるから、大丈夫だとは思うけど。

実際に、彼氏さんの家に泊まることも多いみたいだしね。

今いろいろと、他にも構想を練っているところでね。

話が纏まったら、貴女にきちんと、レン、いいえ、学園の理事長から話がいくと思うわ」

そこまで、事を内密に進められるなんて。

そういえば、私たちの学園の理事長と、この法曹界夫婦は幼馴染だと言っていた。

昔の絆は、今も健在らしい。
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