ビターチョコ
翌朝、朝食バイキングの会場に降りた。

椎菜や麗眞くん、深月や秋山くんに、別行動をする旨を告げた。

「拓実に会いたいだろうと思って、そうしたんだ。

何も気にせず会ってくるといい。

本人にも、彼のルームシェア相手にも話は通っている。

もちろん、彼のガイドをしているという男性にも。

楽しんで来いよ?

恋人同士、イチャつくのが一番だろ。

迷ったら、別荘に居てくれれば相沢が拾いに行ってくれるそうだ。

だから、その心配もしなくていい。

使用許可も降りてるから、ルームシェア相手と3人が心配なら、別荘に居るのもいいかもな」

「ちょっと麗眞ったら!

一気に話しすぎよ。

混乱するでしょ、もう」

「ああ、悪かった」

こうやって、違和感なく相手を窘められるのが、この2人がいいカップルだという証拠だ。

今の私と拓実みたいに物理的に離れたって、何の支障もないように思えるのだが、椎菜は何か思うところがあるのだろうか。

麗眞くんから手渡されたのは、ドイツの地図だろうか。

地図が青丸と赤丸で囲まれている。

地図についている付箋によると、青丸の場所が別荘のようだ。

赤丸の場所が拓実がルームシェア相手と共に暮らす建物だそう。

さらに、大きい付箋には、麗眞くんらしい丁寧な字が書きつけられていた。

『戸惑わせて悪いな。

実は、あの前日のオンライン通話の前に、拓実たちと俺らの班だけ繋いで、この計画は話していたんだ。

9:00にはホテルの前にいてくれれば、派手な赤い車が迎えに来るから。

理名の顔は向こうも知ってるから、安心だ。

ルームシェア相手の子も同じ車に乗ってるから、それ以外の車は凝視するなよ。

日本と違って物騒だからな。

念のため、車が来るまで、ホテルのコンシェルジュにも隣にいてもらう。

その方が安心だろう。

俺と椎菜、深月ちゃんと道明は各々楽しむから、理名ちゃんも楽しんでな』

何これ。

皆、そんなこと考えてくれてたの?

つくづく、サプライズが好きな人たちだ。

ここまでしてくれたんだ。

拓実に会いたい。

離れていたんだもん。

少し甘えても、いいよね?

「ほら、行くと決まったら部屋戻ろ?

ちょっとメイク手を加えたげる!

久しぶりに会うんだもん、可愛くしなきゃね!」

椎菜に腕を引っ張られて、あれよあれよという間に部屋に戻らされた。

椎菜はブルー系のアイシャドウと黒いアイライナーとマスカラ。

コーラルピンクのチークとローズピンクのティントリップで化粧を施してくれた。

「化粧品提供してくれたの美冬だから、後でお礼言わなきゃね!

さぁ、可愛くなったし、理名のプリーツスカート姿はレアだし。

拓実くんも惚れ直すよ。

行ってらっしゃい!」

「ありがと、椎菜。

行ってくる!」

椎菜の言うとおり、今の私はめったに履いたことがないプリーツスカートを履いている。

華恋や琥珀と買い物に行ったときに勧められたものだ。

それにパープルのニットを合わせて、白いグレーのチェックコートを着ている。

こちらの気候に合わせた服だ。

彼から貰った指輪は、薬指につけてある。

胸元である髪をストレートにした女性のコンシェルジュが、私を見つけると手招きしてくれた。

「来ているわ。

あの車よ。

それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

コンシェルジュの人に手を振られて、運転席からネイビーのスーツを着た男性が現れた。

高沢 輝(たかざわ あきら)と申します。
お見知りおきを」

助手席から、白人の男の人が顔を出した。

「拓実から聞いてるよ、君が拓実の彼女だ、ってね。

君たち大勢の写真を空港で撮ったのは僕さ。

覚えていないだろうけどね。

初めまして。

カルロスと申します」

日本語、上手だなぁ。

「僕は日本が大好きだからね!

日本で獣医をやりたいんだ」

車は、ある建物に向かっている。

地図で見た、赤丸の場所らしい。

日本で言う、アパートみたいな造りだ。

「拓実!

君への最高のお土産だ!

僕は適当に時間をつぶすから、ごゆっくり。

何なら、高沢さんに頼んで別荘行ってもいいんじゃないかな?

彼は快く了承してくれたよ」

アパートの入り口からすぐの部屋にカルロスに肩を押されて、入る。

「理名……?」

ずっと聞きたかった声が、中から聞こえた。

「拓実……」


どちらからともなく抱き合って、唇に熱が伝わった。

離れていた間の時間を埋めるには、そんな軽いキスではとても足りなかった。

「久しぶりに、いいよね?
理名」

彼が耳元で囁いてくれた言葉に頷くと、彼の舌が唇を割って侵入してきた。

久しぶりの深いキスに酔いしれていると頭がクラクラしてきた。

「理名が可愛すぎて、我慢なんて出来そうにない。

理名のいる学園の公認カップル風に言うなら、理名の初めて、貰っていい?」

その言葉に応えるように、私から彼の唇に熱を与えた。
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