ビターチョコ
このメンツの中で進路が一番早く確定しそうなのは琥珀だ。

理事長直々にコンクールは公欠扱いでどんどん参加して良いと言われているようだ。

何より、先日のコンクールで、志望大学の理事長が審査員だったそう。

その人は、琥珀の演奏をベタ褒めしていたらしい。

琥珀の演奏を聞いていて、推薦の入試要項を少し変える案を閃いたと話してくれた。

「昨日の面談で新澤先生に言われたの。

音大に入った後のことを迷っているなら、音楽教師の道はどうか、って。

先日のあれが職員室内でも話題になったみたいでさ。

素質は十分にあると思うわ。

私の母親みたいに世界を股にかけるピアニストは性に合わない、と思っているなら考えてみて、って」

先日のあれ、とは、音楽の授業が自習になったときのことだ。

音楽教師の身内が危篤状態になったため、急遽自習になったのだ。

せっかく自習になったのだから、琥珀の演奏を聴きたいとせがむ同級生たち。

その声日本ふるふると首を振り、彼女はこう声を掛けた。

「皆、音楽の授業って退屈そうにしてるじゃない?

自分には関係ないとか思ってる?

でも、意外と身近に良い音ってあるものだよ」

彼女はそう言って、ピアノの前に座った。

最寄りの駅の発車メロディや、給湯器のメロディー、スマホの着信音などを、次々と奏で出した。

そして、その流れから日常の音を当てるイントロクイズ。

さらには有名な企業のCMソングの一部を弾き、その企業名を答えるクイズになだれ込んだのだ。

答えが分かったら、カメラを回す役を麗眞くんから小野寺くんに交代する。

答えを書いた紙を麗眞くんに見せる、という形式になった。

そして、最後に余った10分間の時間で、琥珀が曲を弾いたのだ。

確かに、毎日聞く音ではあったが、改めてピアノで弾かれると、記憶と合致させるのが難しいものだな、と感じた。

ご褒美、とばかりに巧みに同級生たちのリクエストに応えていく様は、まるでプロのピアニストのようだった。

「あのときの様子を、俺は証拠のために動画に残したんだ。

遊び呆けていた、と思われちゃたまらんからな。

それが、職員室内で評判になったそうだ。

その動画を観たから、教師を薦めたんじゃないか?

あの先生」

「普通、音楽に興味を持たせるのにイントロクイズなんて思い付かないからね。

本来の音楽教師でも、そんな企画はやらなかったんじゃないかな?

音に慣れ親しんで来た、琥珀ならではの企画、ってところだね!

また内申点上がるね、いいなぁ」


「何か、少し寂しくなるな。

今はこうして一緒だからいいけれど。

いずれは離れるんだなぁ、って」

ふと胸に去来した思いをそのまま吐き出すと、美冬や深月がキョトンとした顔をしていた。

「理名、やっぱり変わったね。
初対面の頃は他人様には興味ありません、って感じだったのに」

「そうそう、つっけんどんな態度してて、ちょっと近寄りがたいなって感じの子だったのに」

「まぁ、大丈夫だよ。

大学入ったらすぐ成人式があるんだし、その時に会えるよ」

成人式の存在、忘れてた……

着物、着ることになるんだろうか。

その後に同窓会かな。

『学生のうちから将来のことばっかり考えてると人生楽しくないぞ?』

修学旅行のとき、琥珀の父親にそう言われたのを思い出した。


先のことを考えすぎても仕方がない。
今を、この瞬間を楽しもう。
そう決めた。

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