ビターチョコ
家を出る最後の日。
明日は、大学近くのアパートに荷物を運ぶのだ。
2つあるうちの、自室ではないほうの部屋。
高校生活が進んで以降、この部屋には入っていない。
深月や椎菜たちと時間が楽しすぎた証明でもあるから、それは喜ばしいことだ。
母の仏壇の前に膝をつく。
「お母さん。
無事、大学合格したよ。
報告、久しぶりになってしまってごめんなさい。
大学近くのアパートから通うから、こうして手を合わせることもあまり出来なくなるね。
お父さんを一人にするの、少し忍びないけど、私たちを空の上から見守っていてね」
そんな気持ちを、心の中で告げて、線香を供える。
仕事から帰って来た父親に、ダンボールだらけの部屋を笑われた。
「何だか、やっと実感が湧いてきたよ。
理名が独り立ちするんだ、ってな。
明日は俺も出来る限り手伝う。
新しい住まいも気になるしなぁ。
ダンボールだらけで落ち着かないかもしれないが、今日はゆっくり寝ろよ」
「うん、お父さん、ありがとう。
数カ月後に悲しい報せを聞くのは嫌だから、ちゃんとご飯食べてよ?」
「分かってるよ。
理名こそ、バイトまでさせて、苦労させて悪かった。
すまなかったな」
お父さんはそう言って、通帳を見せてきた。
その通帳の金額には、きっかり100万円の文字が印字されている。
これ、どうしたの?
お母さんが亡くなった後の遺族年金や、その他もろもろの減免制度を使用して浮いたお金を、投資で増やしたのだという。
もう100万円は、然るべき場所に移してあると言っていた。
これくらいしか残してやれなくて申し訳ないと謝ってきたが、むしろ十分すぎるくらいだ。
学費も、入学案内に奨学金の案内が入っていたので、ダメ元で申し込んだら、通ってしまったのだ。
6年間、毎年90万円が給付され、成績優秀なら、さらに60万円が増額されるというものだ。
初年度には、90万円にさらに20万円が上乗せされる。
逆に、お父さんの生活費が心配になるレベルになってしまう。
「俺のことは心配しないで、自分の大学生活を楽しむんだ。
いつか、俺が理名の診察や処置を受けられる日を、楽しみにしてるよ」
「その為に頑張るけど、医者になった途端にお母さんと同じ、空の上にいくのは無しだからね。
健康に気をつけてね!
たまには連絡する」
そんな会話をしながら、父娘共同で作ったハンバーグが夕食になった。
翌日の朝ごはんは、白いご飯とお味噌汁になった。
お味噌汁はインスタントだった。
父親が運転する車に乗って、大学のアパートまで行く。
隣に名前だけが違う、同じ佇まいのアパートがある。
私も、まだ間違えそうになる。
「あれ、理名?
それと、理名のお父さん?
奇遇ですね。
俺は、この隣のアパートの2階なんです。
荷物の運び出し、良ければ俺も手伝いますよ」
拓実と私の父で協力すると、荷物の運び出しにそう時間はかからなかった。
奇跡的に、双子アパートの右側の1階は、拓実が借りていたらしい。
「気をつけろよ。
拓実くん、あんな娘だけど、優しい子だ。
ウチの子をよろしくな」
私の父は、拓実と数分会話を交わした後、車に乗って家へと帰って行った。
それから数日後。
いよいよ今日は、迎えた入学式当日だ。
「行ってきます、皆。
行ってきます、お母さん!
私、頑張るね」
真新しい机の上には、あの日の卒業旅行の写真や動画が、次々と表示されるようになっている。
その隣には、まだ母が元気だった頃に、家族で撮った写真がフレームに入れられている。
しっかりとアパートの扉を施錠し、アパートの外で待つ拓実の元へと向かう。
アパートの向かいの桜の花が、風でふわっと待った。
まるで、空の上の母親が、新しい門出を祝福しているかのようだった。
ここから、希望に満ちた明日に向かって、隣にいる拓実と共に、進んでいく。
改めて思う。
隣にいる拓実や、皆に会えて、心から良かったと。
「ホラ、理名。
行くよ?
歩き慣れないスーツだと、時間かかるし、
さすがに遅刻するからさ」
桜吹雪を目に焼き付けるように目線をやってから、差し出された彼の手を握る。
お母さんへ。
私は、元気です。
いつか、お母さんを超える医者になってみせるから、空の上から見守っててね。
-END
明日は、大学近くのアパートに荷物を運ぶのだ。
2つあるうちの、自室ではないほうの部屋。
高校生活が進んで以降、この部屋には入っていない。
深月や椎菜たちと時間が楽しすぎた証明でもあるから、それは喜ばしいことだ。
母の仏壇の前に膝をつく。
「お母さん。
無事、大学合格したよ。
報告、久しぶりになってしまってごめんなさい。
大学近くのアパートから通うから、こうして手を合わせることもあまり出来なくなるね。
お父さんを一人にするの、少し忍びないけど、私たちを空の上から見守っていてね」
そんな気持ちを、心の中で告げて、線香を供える。
仕事から帰って来た父親に、ダンボールだらけの部屋を笑われた。
「何だか、やっと実感が湧いてきたよ。
理名が独り立ちするんだ、ってな。
明日は俺も出来る限り手伝う。
新しい住まいも気になるしなぁ。
ダンボールだらけで落ち着かないかもしれないが、今日はゆっくり寝ろよ」
「うん、お父さん、ありがとう。
数カ月後に悲しい報せを聞くのは嫌だから、ちゃんとご飯食べてよ?」
「分かってるよ。
理名こそ、バイトまでさせて、苦労させて悪かった。
すまなかったな」
お父さんはそう言って、通帳を見せてきた。
その通帳の金額には、きっかり100万円の文字が印字されている。
これ、どうしたの?
お母さんが亡くなった後の遺族年金や、その他もろもろの減免制度を使用して浮いたお金を、投資で増やしたのだという。
もう100万円は、然るべき場所に移してあると言っていた。
これくらいしか残してやれなくて申し訳ないと謝ってきたが、むしろ十分すぎるくらいだ。
学費も、入学案内に奨学金の案内が入っていたので、ダメ元で申し込んだら、通ってしまったのだ。
6年間、毎年90万円が給付され、成績優秀なら、さらに60万円が増額されるというものだ。
初年度には、90万円にさらに20万円が上乗せされる。
逆に、お父さんの生活費が心配になるレベルになってしまう。
「俺のことは心配しないで、自分の大学生活を楽しむんだ。
いつか、俺が理名の診察や処置を受けられる日を、楽しみにしてるよ」
「その為に頑張るけど、医者になった途端にお母さんと同じ、空の上にいくのは無しだからね。
健康に気をつけてね!
たまには連絡する」
そんな会話をしながら、父娘共同で作ったハンバーグが夕食になった。
翌日の朝ごはんは、白いご飯とお味噌汁になった。
お味噌汁はインスタントだった。
父親が運転する車に乗って、大学のアパートまで行く。
隣に名前だけが違う、同じ佇まいのアパートがある。
私も、まだ間違えそうになる。
「あれ、理名?
それと、理名のお父さん?
奇遇ですね。
俺は、この隣のアパートの2階なんです。
荷物の運び出し、良ければ俺も手伝いますよ」
拓実と私の父で協力すると、荷物の運び出しにそう時間はかからなかった。
奇跡的に、双子アパートの右側の1階は、拓実が借りていたらしい。
「気をつけろよ。
拓実くん、あんな娘だけど、優しい子だ。
ウチの子をよろしくな」
私の父は、拓実と数分会話を交わした後、車に乗って家へと帰って行った。
それから数日後。
いよいよ今日は、迎えた入学式当日だ。
「行ってきます、皆。
行ってきます、お母さん!
私、頑張るね」
真新しい机の上には、あの日の卒業旅行の写真や動画が、次々と表示されるようになっている。
その隣には、まだ母が元気だった頃に、家族で撮った写真がフレームに入れられている。
しっかりとアパートの扉を施錠し、アパートの外で待つ拓実の元へと向かう。
アパートの向かいの桜の花が、風でふわっと待った。
まるで、空の上の母親が、新しい門出を祝福しているかのようだった。
ここから、希望に満ちた明日に向かって、隣にいる拓実と共に、進んでいく。
改めて思う。
隣にいる拓実や、皆に会えて、心から良かったと。
「ホラ、理名。
行くよ?
歩き慣れないスーツだと、時間かかるし、
さすがに遅刻するからさ」
桜吹雪を目に焼き付けるように目線をやってから、差し出された彼の手を握る。
お母さんへ。
私は、元気です。
いつか、お母さんを超える医者になってみせるから、空の上から見守っててね。
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