ビターチョコ
バスから降りると「嬬恋牧場」という看板が目に入った。
バーベキューの準備が整っているようだ。
ログハウスのような建物から、ここの経営者らしいご年配の夫婦が出てくる。

その人たちに、担任や理事長である麗眞くんの父親が頭を下げるのを横目で見る。
これから始まるバーベキューに、興奮冷めやらぬといった感じのバス内を見渡して小さくため息をつく。

「楽しめるのかな、私……」

こんな台詞まで口から滑り落ちる。


「なんでー?
楽しもうよー!
ね?」

「なぁにー?
まだ見ぬ王子様の正体分かっちゃったけど、次いつまたあんなふうに出会えるかわかんないから不安、とか?
今から不安になってどうするの」

美冬ちゃんに図星をつかれた。

「べ、別にそんなんじゃないよ……」

自分で、眉間に皺が寄ったのが分かった。
またやってしまった。

「へー、じゃあ、これからずっとあの子に会えなくてもいいんだ?」

「それは、嫌だけど……」

ほら見ろ、といった様子でドヤ顔をする美冬ちゃん。

「なーに言ってんのよ。
そんなんじゃ関係進展しないよー?
せっかくさっき美冬の助けで繋がったんじゃないの。

これ使わない手はないでしょ。
恋愛はここの使いようだからね?」

片手には自らのスマホを掲げて、もう片方はこめかみの辺りを指し示すには華恋ちゃんだ。

さすが、恋愛のカリスマ。
私とは、脳の作りが根本的に違うようだ。
勉強にしか使ったことがない私は、さっぱり分からなかった。

そんなものなの?

考え込んでいると、もうバスを降りていいと指示される。
皆が我先にと降りる中、私たちは最後の方に降りた。

「続きは夜、皆で私の部屋で話そうか!
理名にはしっかり教え込まないとね」

「恋愛話は結構だが、また夜ふかしするなよお前ら。
ちゃんと寝ろよ」

担任のさりげない注意も、右から左に受け流して、バーベキューの場所に向かった。


「最初の1時間だけはクラス内のエリアでバーベキューを楽しむこと。
それが過ぎれば特にルールはない。
他のクラスとも交流するように。

ただ、ハメは外すなよ。
夕方までゆっくり楽しむこと、いいか?」


それぞれの担任の指示で、最初はこぢんまりとしたものになった。
まぁ、私たちはいつものメンバーと楽しむだけだ。
楽しむとしても、琥珀ちゃんを入れるくらいにとどめる。

今更、他の子と交流する気にもならない。
しかも、さっきひと悶着あったクラスの人たちなんて論外だ。

まぁ、向こうからも関係を作るのはまっぴらごめんだと思われているに違いない。

深月ちゃんがあんなふうに啖呵を切ったんだから、当然だろう。


「私服に着替えたかったなー。
テンションあがんなーい」

ポツリと呟いた椎菜ちゃん。

「私はジャージの方が気が楽」

「私も同じく」

「やっぱジャージだよね、楽だし。
汚さないように気を遣う必要ないし」

思わぬところで、陽花ちゃんと野川ちゃん、そして、私の意見が合致した。

「煙で汚れますゆえ、ジャージを指定したのでは?」

後ろから、相沢さんの声がした。
ということは。

「そうそう。
可愛い私服に匂いつくし、洗濯面倒だしなー」

やっぱり。
麗眞くんだ。

「あ、相沢さん、ありがとうございました。
おかげで、理名、とっても喜んでました」

「とんでもないです。
旦那様にお聞きしてすぐ判明しましたものですから、ご一緒にデータも送らせて頂きました」

「ねぇ、相沢さん?
1人の男性としての意見をください。
もし、一目惚れした人が連絡してきて、お礼したいからお茶でもどうですか?
みたいに誘ってくれたとしたら、やっぱり嬉しいですか?」

「それはもちろん、嬉しいですよ。
あわよくば、関係を進展させられれば、と思いますから」

「俺は無視かよ……」

「麗眞くんは回答対象外だもん。
椎菜ちゃんしか相手にしないでしょーが」


「まぁ、そうだけどね。
そうはいってもいるんだよね。
一度だけでいいから、お茶だけはご一緒したいです、お願いします、っていう人。
そういう人は、仕方なく相手するけど」

「で、お茶してる間に執事さんが相手の経歴全部調べあげて、麗眞に送って、それ見てから断るんだよね。
両親の職業までちゃんと書いてあるし」

うわ、人間興信所じゃん、それ……

お金持ちって、意外と、やることが、えげつないのね。
さっきのドッジボールの時、「自分が世界の中心だ」くらいにねじ曲がった考えの人がいたけれど今回の衝撃はそれ以上だった。

「しつこい女の人って、1回痛い目見ないとわかんないからねー。
これ、役に立つし。

椎菜はもちろんだけど、今俺の周りにいる女の子たちはもう友達だから。

これから、アルバイト先やら大学、果ては社会人になってからも何か困ったことあったら俺に言ってくれれば報復出来るし」

「報復……?」

さらりと恐ろしい単語を言う子だなぁ。


「例えば?」

自分で考えもせず、そう言う私。
横から口を挟んだのは、いつも眠そうで、こういう話題には興味なさそうにしている、彼女だった。

「アルバイト先で上司に叱られてばかりでギャフンと言わせたいとか、パワハラとかセクハラ受けたとか?」

「いいとこつくねぇ、野川ちゃん、だっけ?
勘いいね。
そうそう、そういうの」

麗眞くんたちにかかれば、その上司の首を飛ばすとか、二度と就職できなくするとか、クレジットカードを使えなくしたりなどが、普通にできそうだ。
いやいや、普通に怖いわ……

この時は、まだ笑って聞けていた。
後に、麗眞くんとその執事、相沢さんにまさにこんな形で助けてもらうなんて、思ってもいなかったんだ。

野菜やらお肉、とうもろこしなんかを味わいながら、話していると、とっくに1時間が経っていた。
彼は椎菜ちゃんとイチャつくのかと思った。
先ほどのフットサルの影響か、他のクラスの女子に囲まれてしまったようである。

仕方がないから、私たちだけで、先ほどのツインテールの女の子、琥珀ちゃんを探すことにした。
するとあちらも私たちを探していたらしい。

こちらに向かって手招きをしている。
見ると、どこにあったのか、野菜やお肉だけてはなく、マシュマロまで焼いている。

「どこにあったの、それ……」

「担任の先生にやってみたら面白いんじゃないか、って言ったらマシュマロ、用意してあったみたいなの。

意外に美味しいよ?」

こんなんあり?
どうせ、金銭感覚が私たち一般庶民とはかけ離れている、彼とその執事が用意したのだろう。

お坊ちゃまかと思ったら、庶民的なところもある麗眞くん。

その感覚が、さっぱり分からない。
周りに群がる女の子たちを適当にあしらっている彼を何度か見やって、そんなことを思った。
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