ビターチョコ
何度も耳元で鳴り響く目覚ましに叩き起こされて、目が覚めた。
あれ、もう朝……?
…………。
私、あのまま寝てたのか。
「んも、理名。
疲れすぎ。
まぁ、いろいろあったから、仕方ないけど。
私がここで泣いてた間、理名、深月に啖呵切ったみたいじゃん?
その話、聞いたよ。
理名、やっぱりカッコイイね!」
中身の濃いコイバナをして、美冬と賢人くんが病院送りになった。
美冬のパニック障害の症状に全く気付かなかった私が母の娘失格だと言わんばかりに、自責の言葉を口にした。
いつもの彼女らしくない深月に苛立って、気がついたら長々と説教を垂れていたことを思い出して顔を熱くした。
その後、経験者しか入れない、ディープな領域にコイバナが進んだ辺りで、睡魔に身体を預けた。
要は、ガールズトークの途中で寝落ちてしまったのだった。
「ごめんね、皆の話の内容、途中からポッカリ抜け落ちた……」
「んーん、いいの」
眠そうな顔をしているところを見ると、どうやら皆、寝落ちてしまったらしい。
「お互いさまだよー」
「ねむーい。
今日の予定、なんだっけ……」
「セミナールームで体育の授業のオリエンテーションやってから、野外炊事場に集合。
皆でカレー作るんじゃなかったっけ?」
そう言いながら、深月がカバンから栞を出そうとして、あれ、という顔をする。
「深月。
栞ならテーブルの上だよー。
皆で、うやむやになった一日目のあの課題やってたときに、パラパラ見てたからさ」
「そうそう。
寝落ち防止にやってたんだけど、結局半分やって寝落ちたのよね。
予定が頭からスッポリ抜け落ちてるの、野川ちゃんくらいだと思うよー?
あ、あと、一番先に寝落ちた理名だね」
「私が先なのー?」
てっきり、野川ちゃんかと思った。
いつも眠そうなあの子に負けたのは、少し悔しかった。
皆で私服に着替える。
椎菜ちゃんは、初日に着ていたロンパースの上の袖フリルトップスの下に黒のガウチョパンツを履いていた。
着回し上手だなぁ。
私は、彼女のセンスには敵わないな、と思う。赤みがかった、後ろで何度かリボンを結ぶタイプになっているブラウスの上からサロペットを着た。
やっぱり、これが一番楽だ。
各々着替えて、朝食を食べるためにレストランに向かった。
朝から顔を赤くしている椎菜ちゃんと、至って普通の様子で話している麗眞くん。
彼らを横目で見てああいうのがカップルなのかな、と思う。
嬬恋高原のこのレストランで食べる最後の食事を存分に味わった。
その後、セミナールームに移動して、体育のオリエンテーションを受けた。
体育の担当教諭の、最初は体力テストから始めるという言葉に、ほとんどの女子は顔を青くした。
特に碧ちゃんだ。
彼女は喘息持ちだ。
途中で発作でも起こしかねない。
体力テストは、20mシャトルランやハンドボール投げやら、上体起こしやら、運動と縁のない女子にとっては地獄だろう。
それは、私も含めて。
運動なんて、ろくにしたことがない。
小学校、中学校時代を振り返っても、体育の成績は2だった。
いいや、シャトルランに関しては、適当にやって、適当なところでリタイアしよう。
シャトルランには、トラウマもあるのだ。
そして、肝心の体育の授業は、3ヶ月毎に競技をローテーションさせるようだ。
しかも、常に選択肢にダンスはあるという。
女子は柔道、器械運動、ダンスのどれかを選ぶらしい。
ぶっちゃけ、どれも嫌だ!
言われたとおりにやっていれば出来そうな柔道にしておくとするか。
男子は、ダンス、バレーボール、バスケのどれからしい。
男子のほうは関係なさそうだから聞き流していた。
実際に始まってみて、ある意味で自由だと思わされることがあるなんて、全く予想もしていなかったけれど。
オリエンテーションが終わったら、一度部屋に戻ってすべての荷物を持ってから炊事場に向かう。
そして、そこでは何やら、麗眞くんの執事の相沢さんが、生徒全員に何かを配っていた。
見てみると、それはエプロンだった。
「学園側が準備を怠っていたようで、早急に用意しました。
旦那様の知り合いに有名デザイナーがいるものですから。
その方にお願いしました」
相沢さんが旦那様って呼ぶ、ということは、麗眞くんのお父さん?
どれだけコネ持ってるのよ。
エプロンを受け取っていると、見慣れた顔がそこにあった。美冬と賢人くんだ。
私が手を振ると、華恋が真っ先に彼女のもとに行って、そっとハグした。
また、彼女を平手打ちするのかとヒヤヒヤしていたから、拍子抜けした。
「んも、心配かけるんだから、バカ!」
「ごめん。
作業ほとんど手伝うから許して!」
「まあ、美冬の様子がおかしいことに気付かなかった私もちょっとどうかしてたんだけどね。
1人にしておいたほうがいいってなった時点から、まさかとは思ってたんだけど、高を括ってた。
もう、大丈夫だろうって」
二人が、がっちりと仲直りの握手を交わしたところで、皆でエプロンを取りに行った。
準備を終えると、各々がそれぞれの炊事場に散った。
「戻ってくるなら連絡してよね!」
「メッセージ入れたのに既読つかなかったんだもん」
「オリエンテーションだったから、電源切ってた、ごめん」
美冬と華恋の会話を聞きながら、チラリと様子をうかがう。
麗眞くんに何やら話しかけられ、顔を赤くしている賢人くんがいた。
炊事場に着いてから、さっそくカレー作りを始める。
意外に、麗眞くんの手際がいいことにビックリした。
全部、相沢さんとか、雇っているシェフに任せっきりなのかと思ったから、意外だった。
お坊ちゃまだから、そのイメージが強かったのだ。
対する女子が、意外に料理慣れしていない子ばかりで、正直驚いた。
碧や美冬が苦戦していて、包丁の使い方もおぼつかなかった。
「美冬、危ない!」
華恋の注意に、気付いたら美冬が指を切ってしまっていた。
「もう、だから危ないって言ったのに」
「賢人ー。
お前の愛しのお姫様が包丁で指切ったって」
麗眞くんの余計な忠告により、賢人くんが飛んできた。
こんなこともあろうかと、と用意していたという相沢さんにマイロンやら絆創膏、指先保護のベールをもらって、彼女の切り傷の手当てをしていた。
美冬たちに対して羨望の眼差しを向ける女子グループたち。
恋愛に超がつくほど鈍感な私でもわかる。
美冬と賢人くんは病院にいる間に、幼なじみのラインを超えたのだと。
やがて、私たちのグループはなんとか、カレーを形にすることが出来た。
具の切り方に目をつぶれば、の話だが。
玉ねぎなんか、いろいろなところに切れ目が入っている。
一方の男子チームは完璧に見えた。
外の木で出来た椅子とテーブルに座ってお互いのものを試食する。
男子チームのは完璧だった。
具材の切り方も、味も。
一方、私たちは、味は薄いわ、具材の切り方も不格好だと評された。
とほほ。
けれども、しっかり皆で完食した。
私たちに、身長167cmくらいの女の子が声を掛けてきた。
あのドッジボールの時に、強い正義感を示した女の子、琥珀ちゃんだった。
「あれ?
琥珀ちゃんじゃん?
どしたの」
彼女の手元を見るともはやカレーと呼んでいいのかすら怪しい、スープカレーと呼ぶにふさわしいものがあった。
「それ、どしたの?」
「ちゃんとやったはずなのに、なぜかスープカレーになったから。
よかったらちょっとでもいいから、食べてみない?」
何をどう間違えればそうなるのか。恐る恐る、スープ状のそれを口に運ぶ。
違うのは”液体状になっている”という点だけで味もしっかりしていた。
「見た目で判断しちゃダメだね。
美味しい!」
私たちのグループの言葉に、琥珀ちゃんは安堵の笑みを浮かべていた。
せっかくの縁なので、片付けをしつつ連絡先を交換している途中に、点呼がかかる。
どうやら、バスに戻る時間のようだ。
琥珀ちゃんたちがいるクラスが一番先で、彼女は申し訳なさそうに、何度も何度も振り返りながらバスのほうに歩いて行った。
片づけを終えて、私たちのクラスもバスに戻る時間が近づいている。
重いやら疲れたやらを言いつつ荷物を持ってバスのほうに向かった。
あれ、もう朝……?
…………。
私、あのまま寝てたのか。
「んも、理名。
疲れすぎ。
まぁ、いろいろあったから、仕方ないけど。
私がここで泣いてた間、理名、深月に啖呵切ったみたいじゃん?
その話、聞いたよ。
理名、やっぱりカッコイイね!」
中身の濃いコイバナをして、美冬と賢人くんが病院送りになった。
美冬のパニック障害の症状に全く気付かなかった私が母の娘失格だと言わんばかりに、自責の言葉を口にした。
いつもの彼女らしくない深月に苛立って、気がついたら長々と説教を垂れていたことを思い出して顔を熱くした。
その後、経験者しか入れない、ディープな領域にコイバナが進んだ辺りで、睡魔に身体を預けた。
要は、ガールズトークの途中で寝落ちてしまったのだった。
「ごめんね、皆の話の内容、途中からポッカリ抜け落ちた……」
「んーん、いいの」
眠そうな顔をしているところを見ると、どうやら皆、寝落ちてしまったらしい。
「お互いさまだよー」
「ねむーい。
今日の予定、なんだっけ……」
「セミナールームで体育の授業のオリエンテーションやってから、野外炊事場に集合。
皆でカレー作るんじゃなかったっけ?」
そう言いながら、深月がカバンから栞を出そうとして、あれ、という顔をする。
「深月。
栞ならテーブルの上だよー。
皆で、うやむやになった一日目のあの課題やってたときに、パラパラ見てたからさ」
「そうそう。
寝落ち防止にやってたんだけど、結局半分やって寝落ちたのよね。
予定が頭からスッポリ抜け落ちてるの、野川ちゃんくらいだと思うよー?
あ、あと、一番先に寝落ちた理名だね」
「私が先なのー?」
てっきり、野川ちゃんかと思った。
いつも眠そうなあの子に負けたのは、少し悔しかった。
皆で私服に着替える。
椎菜ちゃんは、初日に着ていたロンパースの上の袖フリルトップスの下に黒のガウチョパンツを履いていた。
着回し上手だなぁ。
私は、彼女のセンスには敵わないな、と思う。赤みがかった、後ろで何度かリボンを結ぶタイプになっているブラウスの上からサロペットを着た。
やっぱり、これが一番楽だ。
各々着替えて、朝食を食べるためにレストランに向かった。
朝から顔を赤くしている椎菜ちゃんと、至って普通の様子で話している麗眞くん。
彼らを横目で見てああいうのがカップルなのかな、と思う。
嬬恋高原のこのレストランで食べる最後の食事を存分に味わった。
その後、セミナールームに移動して、体育のオリエンテーションを受けた。
体育の担当教諭の、最初は体力テストから始めるという言葉に、ほとんどの女子は顔を青くした。
特に碧ちゃんだ。
彼女は喘息持ちだ。
途中で発作でも起こしかねない。
体力テストは、20mシャトルランやハンドボール投げやら、上体起こしやら、運動と縁のない女子にとっては地獄だろう。
それは、私も含めて。
運動なんて、ろくにしたことがない。
小学校、中学校時代を振り返っても、体育の成績は2だった。
いいや、シャトルランに関しては、適当にやって、適当なところでリタイアしよう。
シャトルランには、トラウマもあるのだ。
そして、肝心の体育の授業は、3ヶ月毎に競技をローテーションさせるようだ。
しかも、常に選択肢にダンスはあるという。
女子は柔道、器械運動、ダンスのどれかを選ぶらしい。
ぶっちゃけ、どれも嫌だ!
言われたとおりにやっていれば出来そうな柔道にしておくとするか。
男子は、ダンス、バレーボール、バスケのどれからしい。
男子のほうは関係なさそうだから聞き流していた。
実際に始まってみて、ある意味で自由だと思わされることがあるなんて、全く予想もしていなかったけれど。
オリエンテーションが終わったら、一度部屋に戻ってすべての荷物を持ってから炊事場に向かう。
そして、そこでは何やら、麗眞くんの執事の相沢さんが、生徒全員に何かを配っていた。
見てみると、それはエプロンだった。
「学園側が準備を怠っていたようで、早急に用意しました。
旦那様の知り合いに有名デザイナーがいるものですから。
その方にお願いしました」
相沢さんが旦那様って呼ぶ、ということは、麗眞くんのお父さん?
どれだけコネ持ってるのよ。
エプロンを受け取っていると、見慣れた顔がそこにあった。美冬と賢人くんだ。
私が手を振ると、華恋が真っ先に彼女のもとに行って、そっとハグした。
また、彼女を平手打ちするのかとヒヤヒヤしていたから、拍子抜けした。
「んも、心配かけるんだから、バカ!」
「ごめん。
作業ほとんど手伝うから許して!」
「まあ、美冬の様子がおかしいことに気付かなかった私もちょっとどうかしてたんだけどね。
1人にしておいたほうがいいってなった時点から、まさかとは思ってたんだけど、高を括ってた。
もう、大丈夫だろうって」
二人が、がっちりと仲直りの握手を交わしたところで、皆でエプロンを取りに行った。
準備を終えると、各々がそれぞれの炊事場に散った。
「戻ってくるなら連絡してよね!」
「メッセージ入れたのに既読つかなかったんだもん」
「オリエンテーションだったから、電源切ってた、ごめん」
美冬と華恋の会話を聞きながら、チラリと様子をうかがう。
麗眞くんに何やら話しかけられ、顔を赤くしている賢人くんがいた。
炊事場に着いてから、さっそくカレー作りを始める。
意外に、麗眞くんの手際がいいことにビックリした。
全部、相沢さんとか、雇っているシェフに任せっきりなのかと思ったから、意外だった。
お坊ちゃまだから、そのイメージが強かったのだ。
対する女子が、意外に料理慣れしていない子ばかりで、正直驚いた。
碧や美冬が苦戦していて、包丁の使い方もおぼつかなかった。
「美冬、危ない!」
華恋の注意に、気付いたら美冬が指を切ってしまっていた。
「もう、だから危ないって言ったのに」
「賢人ー。
お前の愛しのお姫様が包丁で指切ったって」
麗眞くんの余計な忠告により、賢人くんが飛んできた。
こんなこともあろうかと、と用意していたという相沢さんにマイロンやら絆創膏、指先保護のベールをもらって、彼女の切り傷の手当てをしていた。
美冬たちに対して羨望の眼差しを向ける女子グループたち。
恋愛に超がつくほど鈍感な私でもわかる。
美冬と賢人くんは病院にいる間に、幼なじみのラインを超えたのだと。
やがて、私たちのグループはなんとか、カレーを形にすることが出来た。
具の切り方に目をつぶれば、の話だが。
玉ねぎなんか、いろいろなところに切れ目が入っている。
一方の男子チームは完璧に見えた。
外の木で出来た椅子とテーブルに座ってお互いのものを試食する。
男子チームのは完璧だった。
具材の切り方も、味も。
一方、私たちは、味は薄いわ、具材の切り方も不格好だと評された。
とほほ。
けれども、しっかり皆で完食した。
私たちに、身長167cmくらいの女の子が声を掛けてきた。
あのドッジボールの時に、強い正義感を示した女の子、琥珀ちゃんだった。
「あれ?
琥珀ちゃんじゃん?
どしたの」
彼女の手元を見るともはやカレーと呼んでいいのかすら怪しい、スープカレーと呼ぶにふさわしいものがあった。
「それ、どしたの?」
「ちゃんとやったはずなのに、なぜかスープカレーになったから。
よかったらちょっとでもいいから、食べてみない?」
何をどう間違えればそうなるのか。恐る恐る、スープ状のそれを口に運ぶ。
違うのは”液体状になっている”という点だけで味もしっかりしていた。
「見た目で判断しちゃダメだね。
美味しい!」
私たちのグループの言葉に、琥珀ちゃんは安堵の笑みを浮かべていた。
せっかくの縁なので、片付けをしつつ連絡先を交換している途中に、点呼がかかる。
どうやら、バスに戻る時間のようだ。
琥珀ちゃんたちがいるクラスが一番先で、彼女は申し訳なさそうに、何度も何度も振り返りながらバスのほうに歩いて行った。
片づけを終えて、私たちのクラスもバスに戻る時間が近づいている。
重いやら疲れたやらを言いつつ荷物を持ってバスのほうに向かった。