ビターチョコ
バスに乗り込むと、重い荷物は集めて先に学校へ運ばせるようだ。
それぞれ、ネームタグに名前を書いて、鞄のひもにくくりつける作業をした。

すると、深月と華恋がおもむろに、美冬と椎菜のネームタグを取りあげて、椎菜の苗字の左上に「宝月」、美冬のそれには「小野寺」と書き添えた。
それをされた2人は、どちらも耳まで顔を真っ赤にしていた。

「ちょっとー!!」

「華恋も深月も!
何してるのよ!
恥ずかしいからやめてって!」

「なによ。
こうすれば絶対、荷物間違えないでしょ?
親切心からやってるのー」

 そりゃそうだけど………

「理名にもやりなよー!」

碧が言ってきたけど、正しい漢字が分からないという理由で、私は対象外になった。
小さくガッツポーズをして、さっさと荷物を置いてバスの座席に座った。

隣は椎菜で、通路を挟んだ両端は深月と碧、前はイツメン。

斜め前は、美冬と賢人くんだ。
微笑ましいな、と思っていたら、いつの間にか眠っていたらしい。

ふと寝ぼけ眼で横を見ると、隣の椎菜も眠っていた。
いつ掛けたのか、椎菜の肩には迷彩のブルゾンが着せかけられていた。

さらに、補助席が使われていて、その隣には麗眞くんが寝ていた。


そういうことか……
過保護だなぁ、麗眞くんは。
やけに納得して、再び眼を閉じた。

「こらー、皆起きろー!
着いたぞー!」

担任の大きな声と、椎菜や深月に肩を揺すられて起きた。

「ふぇ……?」

「りーな、もう着いたよ?
降りよ?」

華恋や碧に、促されるまま、体を起こしてゆっくりと降りた。

あれ、何かが足りない気がする。
バスを降りてから、目元に手をやる。

あ、眼鏡!

麗眞くんにそれを渡された。

「落ちて自分で眼鏡踏んだらどうするよ、ったく。
理名ちゃん、これがないと見えないでしょ。
あの子にもし会えても、見えなかったら台無しじゃん?」

大人しく受け取ったそれを掛ける。
担任の先生から荷物を受け取ったら各自解散となった。

「明日は来るなよー?
休みだからなー!
お疲れ様!」

担任は一人ひとりにそう声を掛けてから見送っていた。

椎菜と麗眞くんは早々に荷物を受け取るなり帰った。
あの家に多くありそうな空き部屋に連れ込むのかどうするのかは知らない。
しかし、あの2人らしい、それなりなことをして過ごすのだろう。

美冬と賢人くんも、2人で仲良く並んで帰って行った。

私のこれからは、どうなるのだろうか。
名前しか知らない王子様と、果たして巡り会えるのだろうか。

そんなことを考えながら、重いキャリーバッグを引きずりながら、トコトコ駅に向かって歩いた。
駅にほど近いところにあるファミレスに差し掛かった頃だった。
私と同じくらいの身長の男が2人、声を掛けて来た。

「ねぇねぇそこの背が高いお姉さん、どこか旅行行くの?」

「お兄さん達と旅行の前にちょっとお茶でもしない?」

うざ。
誰が、あんた達なんかと。
……こういうのは無視するに限る。
無視して、引き続きスタスタと歩いていると、腕を掴まれた。

「ねぇ、無視しなくてもいいじゃーん」

わざと私と目線を合わせようとする。
正直、汚らわしい。
思いついたのは、宿泊オリエンテーションの時に習った護身術。
しかし、遅刻してきたから丁寧に教わっていない。
賭けるのはハイリスクハイリターンだ。

考えを巡らせていると、思考を止めるように男どもが話しかけてくる。
頭の中が混乱する。

正直、話しかけないでほしい。
早く目の前から消えてほしい。
そんな思いを視線と表情に込める。

「顔怖ーい」

「そんなに睨まなくてもいいじゃんー」

すると、後ろから声が掛かった。
聞き覚えのある声だった。

「あんたらさー、馬鹿なの?
人の多い場所でこういうことするなよ」

これ、幻覚?
幻聴?
それとも、あの時の、夢の続き……?

「何キミ?
この子のカレシ?」

「だったらどうする?」

私より5、6cmほど背の高いその男の子。
彼は余裕そうに笑みすら浮かべて、男2人に手招きする。

「やんのかテメェー!」

そう言うなり、2人の男が、その男の人に掴みかかった。
攻撃を受ける側の男の人は、うっすら笑みすら浮かべている。
それが余計、ナンパ男を刺激するらしい。

すると、1人は、手刀で首の側面を撃つことで気絶させた。
もう1人は、鳩尾をごく軽く肘で打って攻撃意欲を失わせた。

すると、どこからかもう1人男が現れた。
伸びている2人を見て、逃げようとしたもう1人を、膝の側面を蹴って地面に倒れこませた。

それでもなお、立ち上がろうとするその男。
私がキャリーバッグを転がしてけつまずかせた後、躊躇なく急所に蹴りを入れた。

「さすが。
持っているものを使うとはね」

私に向かってにっこり微笑みかけて、ぱっと見細い身体のどこにそんな力があるのか、私のキャリーバッグを軽々持ち上げて歩き出した男の人。

「あの、ありがとうございます。
1度だけじゃなく、2度までも、助けていただいて……」

「いいえ。
どういたしまして。
行くの、駅の方だよね?
駅まで送るよ。
行こ?」

制服は、 濃紺のブレザーにスラックス、エンジ色の斜め縞ネクタイ、ブラウスはストライプ。
私より、5センチメートルくらい高い身長。
黒が多めに入っている、暗めの茶髪。
前歯が見える、爽やかな笑顔。

……間違いない。

夢じゃなくて、現実世界で会いたいと何度も願った、あの人だ。



「あの、えっと。
お名前と、学校名を……教えて下さい」


「私立グラジオ学園高校、桐原 拓実です」

「桐原、拓実……くん?
もしかしなくても、あの?」

「あ、もしかして、君、何日か前も俺が助けた子?
着ている服が似てたから、まさかとは思ったけど。
眼鏡は同じだったし」

「岩崎 理名です。
えっと、よろしく、お願いします」

そっと手を差し出すと、軽く握ってくれた。

「俺の父親が医師かつ大学教授なんだ、人間の弱点や急所は分かってるから」

だから、的確に首の側面や鳩尾、膝を狙ったんだ。
それからは、あまりお互いに喋ることはなかった。
駅に着いてしまった。
「また連絡してよ。

本当は、ちゃんと最寄り駅までこのキャリーバッグを持っててあげたいけど、友達と約束があるからごめんね」

申し訳なさそうにそれだけ言い残して、名前入りタグのついたそれを渡してくれた。
そして私と逆のホームの方に姿を消した。

桐原拓実くん、か。
あの時に見た夢の通りの、性格のいい男の子だった。
また、話がしたいな。
そんなことを、ぼーっと考えながら、家路に着いた。
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