ビターチョコ
父はもう出かけていた。
仕事だろう。

9時30分に起きて、手早くご飯を食べて、準備をした。

タンクトップがくっついた下のスカート部分がツイードになったワンピースと、黒いシフォンブラウスとチェックスカートがドッキングしたワンピースを眺めた。
娘がもう着ないといった服で、私に似合いそうだからと凛さんがくれたものだった。


それを眺めた後、流石にこれは今の気候には合わないと写メにだけ収めた。

宿泊オリエンテーションのために買ったケミカルデニムロンパースを着て、財布と携帯電話、メイクポーチとタオルを入れた黒いショルダーバッグを肩から下げた。

華恋が行き先さえ教えてくれれば、服をもう少し、考えられるのに。
そう思いながら、支度を進める。

昨日の夜、華恋からのメッセージには、
すっぴんで来るようにとあった。

だけど、これくらいはと、日焼け止めだけは塗った。
ICカードが入ったままの定期券入れが鞄のポケットに入っているのも確認済みだ。

玄関に向かい、スニーカーを履いて家の鍵を掛けた後、家を出る。
速足で歩き、信号に間に合いそうならダッシュした。

駅に着くと、白い丸襟ブラウスにアイスブルーのキュロット、ドット柄タイツに白黒ローファーで携帯電話を操作しながら立っている女の子がいた。
茶色い髪を内側にクセ付けている彼女は、間違いなく華恋だった。

「華恋?」

「理名、やっほー!
ごめんね、急に呼び出して。
行こっか」

そう言って、改札口に向かっていく。
え?
どこ行くの?
華恋に手を引っ張られちょうど来た電車に飛び乗る。

着いた先は、大きなショッピングモールがいくつもある駅だった。
え?
まさか、ここ……行くの?

華恋は迷うことなくその駅で降りる。
私も慌てて降りて彼女の後を追う。

「まずはその服、なんとかしなきゃね!」

そう言って、軽快にエスカレーターを登っていく華恋。
着いていくのがやっとだ。
体力、つけないとな……。

華恋がある店の前で1度止まって、脇目もふらずに店に入り、いろいろと私の身体に服を当てていく。

肩から胸元に掛けてフリルレースがついたブラウスと、大きめの花柄スカート(スカートに見えたがキュロットらしい)を当てた。
その次に真ん中がリボンで編み上げられたカーキのキュロットを当てる。

そして、店員のお姉さんに声をかける華恋。
店員さんにより、試着室に追いやられる。

これ、前にも、こんなことを経験した気がするな。
フリルレースがついたブラウスと、花柄のキュロットを着てカーテンを開けた。

「よくお似合いですね!
モデルさんみたいですよー!
脚長くて羨ましいです!」

店員さんの声に呼応するように、華恋も何度も首を縦に振った。

「これで、彼氏に昇格するかもしれない男友達も、理名のギャップに堕ちるはず!」

華恋によって、下に履いているものを、カーキの編み上げリボンキュロットに変えられた。

「これでもいいけど、やっぱりさっきの花柄がいいね。
はい、決まり!
この子、このままブラウスと、花柄キュロット着て行っちゃうそうです!」

「了解です!
着ていく服に着替えて待ってて下さいねー」

そんなこと、言ってないんだけどな。

そう思いながらも、服を着たまま、お姉さんを待つ。
それぞれのタグを読んでもらうと、とっておいたお年玉の諭吉さんが2枚旅立った。

カフェでお茶をしながら、華恋が私をここに連れてきて、服を全とっかえした理由を話してくれた。

「拓実くんは、この間の宿泊オリエンテーションの行きと帰りの理名を見てる。

行きは、完全にカジュアルでボーイッシュな女の子、という印象を持ったはず。

帰りの理名は、ちょっと女の子らしい理名。

今日、完全に女のコな理名を彼に見せれば、ほぼ拓実くんは堕とせたも同然よ。

もちろん、服装だけじゃなくて仕草も気を付けてね? 

理名、今みたいに脚開かない!
みっともないから脚閉じて!
絶対、それやっちゃダメだからね?

モテは一朝一夕では手に入らないんだから!
拓実くんをものにしたいなら、ちゃんとすること!
分かった?」

この方が楽なのに。

華恋、スパルタだよ。
少々げんなりしながら、ショッピングモールから地元に帰る。

電車に揺られている間、華恋が私の家に行きたいと言い出した。
リビングや部屋を片付ける時間が欲しいと、30分時間を貰った。

手早くリビングを片付ける。
終えた頃、チャイムが鳴った。
まだ部屋を片付けてないのに!
お昼ご飯だって、食べていない。

宿泊オリエンテーションの荷物と洗濯物が少し残っている。

仕方がない。

インターホンを覗くと、トートバッグを2つと、近くのファストフード店のハンバーガーセットを持った華恋が立っていた。

ここで立っていてもらうわけにもいかない。
彼女を家に招き入れる。

おじゃまします、と言って入ってきた華恋はリビングにパンパンに膨らんだトートバッグを置いた。

「中身、買ったけど着てないブラウス。
理名の方がしっくりくると思ったからあげる。
カーキのでも、サロペットでも合うよ!」

華恋にお礼を言って、部屋に案内した。

すると彼女は、私を手招きして鏡の前に座らせた。
そして、トートバッグから宿泊オリエンテーションでも美冬が持っていたようなヘアアイロンを取り出した。

その時見たそれより少し筒の長さが細いものだった。
全体を内側に巻いて、サイドの髪を三つ編みにして、後ろに持って行って完成した。

これ、私?
下地やらファンデーションを塗りたくられ、淡いピンクのアイシャドウ、黒目の下に濃いピンクを入れられた。

目を閉じているあいだに、まつげの根元をなぞられ、まつげにマスカラを塗られる。
頬にはピンクチーク、唇にはピンクのグロス。
眉にはパウダーとペンシルがつけられた。

華恋の指示により、目を伏せるよう言われていたが、ようやく開ける。

鏡の中の自分を見て、驚愕した。

これ、本当に、今まで勉強ばかりしてきた岩崎 理名なの……?

まるで別人だ。

……女の子って、服と髪と化粧でここまで変わるものなのか。
普段の私は、ピンクという色をとことん毛嫌いしていた。
だけど、そんなにどぎつくない、薄めのピンクだ。

ここまで毛嫌いする必要はなかったのかもしれない。

「ありがと、華恋」

「どういたしまして。
理名、お腹空いたでしょ。
買ってきたもの、一緒に食べようよ」

中に入っていたレシートの額面通りのお金をきっちり、彼女に渡してから、ハンバーガーを頬張った。

華恋はいろいろと尽力したからなのか、ポテトを私の分まで食べていた。

最後に、家の下駄箱にあった、黒いローファーを履くように言われ、華恋と出掛ける時に持っていたショルダーバッグを肩に下げ、彼女と一緒に家を出た。

時刻は17時30分になっていた。

15分弱かけて駅に着くと、頑張って、と手で拳を作った彼女。
私に手を振ると、スキップでもしそうな勢いで家へ向かう電車が来るホームへ向かった。


あとは、拓実くんを待つだけだ。
< 62 / 228 >

この作品をシェア

pagetop