ビターチョコ

恋の熱と体調不良

なかなか、前に食事した彼をアウトドアなアクティブデートに誘うことが出来ないまま、日々が過ぎていった。

華恋や美冬には、意気地無しと呆れられてしまっている。

自分でも、誘いたい気持ちはあるけれど、どのように話を切り出せばいいのか分からないのだ。
ずっと頭を悩ませている。

「もー、理名ったら!
なんで分かんないかなぁ。

直球で、アミューズメント施設で一緒に遊びたいので、空いている日があったら教えて
とかでいいのよ。
ちょっとは、お勉強以外に頭の容量使いなさいな」

深月にも、こう言われてしまった。
ここは、彼女の言う通りに、文言を打ってみることにしよう。

そう思って、携帯を手に持った瞬間、ドアがガラリと音を立てた。

先生が入ってきたのだ。

なんとタイミングが悪い。
チッ、と小さく舌打ちをして、席に戻った。

「まぁ、また次の休み時間にしよ?
ね?
そう、ツンケンするなって」

「そうそう。
拓実くんに嫌われるぞー?」

「まぁ、昼休みにでも、また集まろー?」

華恋と美冬、深月に、それぞれ肩を叩かれたことで、まぁいいかと思えた。

余計な一言が多いのが気にかかったが。

チャイムが鳴った瞬間、ドアが真横に開き、誰かが入ってきた。

「あぶねー。
相沢のおかげで助かったー」

「私のおかげでもあるでしょ?」

めったに遅刻などしない、麗眞くんと椎菜だった。

「うわ、めずらしー。
2人がこんな、ギリギリに来るなんて」

「なに?
明日は季節はずれの雪かな?」

「仕方ないだろ。
曜日感覚なかったの」

「私が、声かけて起こしたんだよー?」

「こら、そこの仲良し夫婦。
早く席に座れ!」

先生にまで、そう言われる2人を見て、羨ましくも思えた。
いつか、私も、あんなふうになれるのかな。

拓実くんと、あんな風になりたい。
そんな想いが、胸に去来した。

高校ともなると、さすがに、ボーっとしていては、授業に集中できないことは分かっていた。

それなのに、先生が教科書の公式を解説する声は、全く耳に入ってこない。

「こら!
岩崎 理名!
ちゃんと聞いてるか?
ちゃんと公式の定型覚えろよ!

中学の時の数学と違って、解き方さえ知っていれば解ける問題が試験、ひいては受験ではよく出されるからな!」

やけに、今日は先生に注意される。
そんなに、私はボーっとしてるの?

「ちゃんと復習しておけよ!
今日の授業はここまで」

先生がちょうどそう言った直後に、終了のチャイムが鳴った。
時間配分だけは上手いのが私の担任であるらしい。

皆が騒ぐ声が、普通の授業の合間の休憩時間より大きい。

昼休みの時間に突入したのだ。
たまにはと、いつものメンバーで食堂に移動して、それぞれ好きなものを買った。

窓際の席を確保し、席に着くなり、根掘り葉掘り、椎菜と麗眞がギリギリだった理由を聞く美冬と華恋。

「で?
椎菜が麗眞くんの家泊まってたの?」

「そうそう。
椎菜の両親が忙しいときは俺の家来るの。
椎菜のこと、よろしくって」

「ってことは、麗眞くんの両親と、椎菜の両親って、知り合いなの?」

「そうだよ。
言ってなかったっけ? 
宿泊オリエンテーションのときに、言った気がしてたんだけど。

親父が言ってたんだ。
『俺がニューヨークまで留学していなかったら、同じ中学校の同級生だった』って。

予定合えば、せっかくだし、いつものメンバー全員連れてきて、俺の家を案内したいんだけどね」

「え。
それ、とっても興味あるかも!」

「麗眞くんの家に行くと、自分が今いる国が日本だってこと、忘れそうになるよ?」

私は、足を運んで実際に見たのだ。
外国のホテルでもめったにないような、豪華で夢のような空間を。

「理名、それホント?」

私が、口を挟んだタイミングがまずかった。
皆の興味の対象は、私に移ったようだった。

「で?
ほら、早く拓実くんに送りなよ。
アウトドアデートでもどうですか?
いろいろ教えて下さい、って」

「いつまでもうじうじうじうじしてると、他の拓実くんの同級生に取られちゃうよ?
拓実くんのことだから、もう取られてるかもしれないけど」

それは、何というか……困る!

「それは、いやだ。
けど……
でも……」

私の呟きを、私の隣にいた椎菜はきちんと聞き取っていたらしい。

私のハヤシライス皿の脇に置いた携帯電話を奪い、流れるような指の手つきで、何やら文字を入力し始めた。

「理名、これくらい、打たなきゃだよ?」

そう言って、手渡したスマホには、メールの画面。
それを皆にも見せる。

『拓実くん
この間は、本当にありがとう!
あれから、少し考えてみたんだ。

お茶やお食事も、もちろんいいけど、アミューズメント施設でスポーツを楽しむのもいいな、と思ってるの! 

私の学校も、体育祭の種目決めを終えて、体力をつけなくちゃいけないから(笑)

拓実くんと一緒にそれが出来れば、きっと楽しいと思うから、少し考えてみてくれる? 

ゆっくりでいいので、返事待ってます!
理名』

……。

顔から火が出そうになった。

「ね、こんなくだけた文章で送るもの?
この間会った人に?」

「あのね、理名。
理名が敬語で送ったら、向こうからしたら警戒されてるのかなって思っちゃうの。

これ、大人のビジネスシーンとは全然違うんだから。
堅苦しい敬語で送るものじゃないの。

分かる? 
敬語でなんか送ったら、せっかくいい印象持ってもらえても、一気に下がっちゃうよ?
華恋の頑張りを、無駄にしないであげてほしいの。
ね?」

半ば、ため息をつきながらそう言う美冬。

彼女に何と言葉を返したらいいのかさえ分からなくて、無言で食事を終える。

先に教室に戻っていると告げて、一人で食堂を出た。

皆を、傷つけてしまったのかもしれない。

華恋が一生懸命になって、いろいろ仕込んでくれていた。
普段は着ない可愛い服に、普段の自分では絶対にしないメイクや髪型。

私にあんな改造を施すまでの苦労や頑張りは相当なものだっただろう。

私のこれからの行動一つで、彼女の苦労が台無しになってしまうかもしれないのだ。
せっかくの親友の頑張りを無駄にしたくない。


そんなことが、脳内を駆け巡っていたから、周囲の景色なんて、目に入っていなかった。

身体が宙に浮いていると気付いた時には、もう遅かった。

「うわ、きゃ!」

「なんだ、うおぉ!」

誰かを下敷きにしてしまったらしい。

「大丈夫?
ケガとか、ない?」

下敷きにしてしまったのは、男の人であったらしい。
麗眞くんとは違う、ましてや拓実くんなんかとは全然違う、耳下までの短い黒髪。

顔の一つ一つのパーツは整ってはいないけれど、それでも、笑うと目がなくなるところやえくぼ。
ベルリンの壁並みの、男の子に対しての警戒心を解くには、十分だった。

「危なかったね。

君にケガがなかったのが僕のおかげなら、下敷きになったことなんて気にしないからさ。

気をつけなね?
ちょっとボーっとしてたし、目の下のくまも気になるし。

健康第一。
よく寝たほうがいいよ?」

彼はそう言って、私の手を軽く引っ張って立たせてから、階段を降りて去っていった。
名前なんて聞いてない。

同じ学年なのかすらも分からない。
でも、あえて聞かないことにした。

何か、友達くらいならなれる縁があるなら。
また、どこかで会えるだろう。
そう思った。

「理名ちゃん?
大丈夫?」

今度は、耳慣れた男の人の声がした。
麗眞くんだ。

「うん。
ちょっと、階段から足踏み外しそうになっただけだから、気にしないで?」

「大丈夫だった?
今日、ボーっとしすぎだよ?
本当に何もないなら、それでいいんだけど」

麗眞くんはそう言って、自分の肩を差し出してきた。

貸す、ってこと?
彼は無理やり、私の手を自らの肩に持ってこさせた。

その刹那、何の前触れもなく私の手を強めに握り、眉間に皺を寄せてから、手を私の額に当てる。

拓実くんとは、また違う手の大きさと温かさにやはり男の子なのだと実感する。

彼は、容赦なく私を背中に背負って、ゆっくり歩を進める。

「椎菜ちゃん、怒らない?」

「平気だよ。
椎菜には後で言う」

彼の歩みは、地下1階の保健室の前でぴたりと止まった。

「伊藤先生?
今は微熱かもしれない。

だけど、後々万が一、ってこともあるから、コイツ、寝かせてやってください。

よろしくお願いします」

それだけを言って、保健室から出て行った麗眞くん。

「なに?
やけにボーっとしてたんだって?
理名ちゃん、無理しすぎよ?
勉強も大切だけど、身体が健康じゃないとね。

お勉強大好きな理名ちゃんだから、睡眠時間削って予習でもしてたんだろうけど、身体を壊しちゃ本末転倒よ? 

ほら、いいから。

ちょっと横になってなさいな。
まぁ、生理中は、どうしてもボーっとしやすかったり、眠くなったりするんだけどね」

麗眞くんは、いつから勘付いていたのか。

お姉さんだったり、今は恋人となった彼女の体調の変化で、私の異変にも気付いたのだろう。

そんなことを思いながら、言われるがまま、ちゃんと眼鏡を脇に置いて、眠りについた。
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