ビターチョコ
リムジンは、何の断りもなく、麗眞くんの家の門をくぐっていった。
麗眞くんの家の豪華さに、拓実くんはすごいしか言っていない。
「ここ、本当に……麗眞さんの家!?
どこぞのホテルだよ……。
ほんと、こんな家、見たことないわ。
文化財にでも指定されてるの?
ってくらい豪華。
1度は泊ってみたい」
私は、さも当然のように、拓実くんの背中越しに、その景色を見ていた。
麗眞くんによって、見覚えのあるベッドカバーがかかったそれが目を引く部屋に案内された。
そして、半ば強引にベッドに入るように言われる。
私の後ろには拓実くんがくっついている。
「ちゃんと寝てな?
移動の間に体温測ってないから分からない。
でも、多分上がってる」
そう言って、私の額に何かを当ててから、頭を撫でて部屋を出て行った拓実くん。
いつから持っていたのか、冷えピタであるらしい。
まだ、私は拓実くんにとって、彼女でも何でもないはずなのに。
なんでこんなに優しいんだろう。
彼にとって私は、ただ1度、ガラの悪いお兄さんから助けて、1度一緒に食事しただけの関係のはずだ。
そんなことを、まだ熱を持った頭で、考えていた。
……。
いつまで、寝ていたのだろう。
全く覚えていない。
気が付くと枕元には、スポーツドリンクが置かれていた。
「誰が、置いたんだろう」
首を捻りながらも、それを一口含んで、喉に潤いを補給する。
「……。
おいし」
窓の外を見ると、星が見えそうなくらい空気が澄んでいて、夜の帳が降りていた。
時計を見ると、もう、夜の7時どころか、8時を超えていた。
父親は、今日は飲み会があると言っていた気がする。
携帯電話のランプが点滅を繰り返していることに気付いて、そっと開いてみる。
暗い部屋では、携帯電話の灯りは目に優しくない。
思わず目を細めてしまった。
そして、あることに気が付いた。
眼鏡がない!
慌てて、携帯電話の灯りを懐中電灯代わりにして、辺りを探した。
黒いものが、ベッドの脇に置いてあるナイトテーブルの上に見えた。
そっと、手を触れてみる。
それは私の眼鏡だった。
掛けると、ようやく画面に表示された文字が見えるようになった。
暗闇にやっと目が慣れてきたらしい。
『理名
俺は、会社の飲み会で遅くなる。
帰ってくるなら自分で何か買ってきて食べてもいい。
誰か、友達の家に厄介になるのもいい。
後者の場合、後日、お礼は忘れるなよ!
父より』
その文面に、少し顔が綻んだ。
果たして、今お世話になっているこの家が、世界有数の資産家の家であるということを、私の口から話したとしたら。
父はどんな顔をするのだろうか。
彼らから見ると、私たちみたいな人がぶら下げてくる手土産なんて、たかが知れているのだろう。
そう考えると、持っていくのが逆に恥ずかしくなる。
そんなことを考えていると、コン、コンという控えめなノックの音が、私の耳に届いた。
「はい?」
麗眞くんかと、返事をしてみる。
「理名ちゃん?
起きてるんだ?」
麗眞くんより、ほんの少し、高い声。
私の名前と、「ちゃん」の間にほんの少しの間がある。
麗眞くんなら、スムーズに呼ぶはずだ。
拓実くんに間違いない。
分かってしまった自分に少し驚いた。
「うん。
ちょっと前、起きたところ」
「よかった。
ちゃんと、水分補給もしているのかな。
様子を見たいから、部屋の灯り、つけていいよね?
眩しかったら、目を伏せてていいから」
そう言って、部屋の灯りが付くと、制服ではなく、上下がグレーのスウェットを着た拓実くんがそこにいた。
麗眞くんから借りたのだろうか。
こんな彼を見るのは、もちろん初めてだ。
私服と制服と、カジュアルというか、ラフすぎるスウェット。
私の脳内にこっそり記憶している「拓実くんフォルダ」。
また1つコレクションが増えた。
「冷えピタも大分、熱を吸ってくれたみたいだけど、とりあえずまだ様子見だね」
拓実くんがそう言った後、また、ノックの音がした。
誰?
麗眞くん?
「今、違う人が入ってるんだから、後にしろって、姉さん。
ったく、こんな時に電話きたし。
しかも深月ちゃんから?
どうしたんだろ。
俺は電話してるから好きにすれば?」
「いいでしょ?
理名ちゃん、もう友達みたいなものだし。
無難で、かつ、彼女が好きそうなものがこれくらいしかなかったし。
それに、貴方の執事さんから頼まれた彼女への届け物もあるし。
すぐ済むから、入れなさいよ!」
そんな押し問答でもないものが聞こえた後、麗眞くんのお姉さんが入ってきた。
「あ、彩さん。
すみません。
えっと……こんなベッドの中から失礼します、お邪魔してます……」
「いいのよ。
それより、微熱って聞いたけれど、本当に大丈夫?
微熱でも、制服じゃあ、いろいろと不都合があるでしょうから。
着替えと、ちょっとしたお粥とフルーツを置いていくわね。
じゃあお大事に」
本当にそれだけ言って、部屋を出て行った、麗眞くんのお姉さんの彩さん。
「麗眞さんのお姉さん、美人さんだね。
まぁ、俺はタイプじゃないけど。
俺と麗眞さん、風呂入ったりしてるからさ。
理名ちゃんも、せっかくだから、着替えてそれ食べたりして、ゆっくり過ごしてな?
じゃ、また」
ひらひらと手を振ってから部屋を出ていくさまは、あの時のデートの帰り際を彷彿とさせた。
麗眞くんの家の豪華さに、拓実くんはすごいしか言っていない。
「ここ、本当に……麗眞さんの家!?
どこぞのホテルだよ……。
ほんと、こんな家、見たことないわ。
文化財にでも指定されてるの?
ってくらい豪華。
1度は泊ってみたい」
私は、さも当然のように、拓実くんの背中越しに、その景色を見ていた。
麗眞くんによって、見覚えのあるベッドカバーがかかったそれが目を引く部屋に案内された。
そして、半ば強引にベッドに入るように言われる。
私の後ろには拓実くんがくっついている。
「ちゃんと寝てな?
移動の間に体温測ってないから分からない。
でも、多分上がってる」
そう言って、私の額に何かを当ててから、頭を撫でて部屋を出て行った拓実くん。
いつから持っていたのか、冷えピタであるらしい。
まだ、私は拓実くんにとって、彼女でも何でもないはずなのに。
なんでこんなに優しいんだろう。
彼にとって私は、ただ1度、ガラの悪いお兄さんから助けて、1度一緒に食事しただけの関係のはずだ。
そんなことを、まだ熱を持った頭で、考えていた。
……。
いつまで、寝ていたのだろう。
全く覚えていない。
気が付くと枕元には、スポーツドリンクが置かれていた。
「誰が、置いたんだろう」
首を捻りながらも、それを一口含んで、喉に潤いを補給する。
「……。
おいし」
窓の外を見ると、星が見えそうなくらい空気が澄んでいて、夜の帳が降りていた。
時計を見ると、もう、夜の7時どころか、8時を超えていた。
父親は、今日は飲み会があると言っていた気がする。
携帯電話のランプが点滅を繰り返していることに気付いて、そっと開いてみる。
暗い部屋では、携帯電話の灯りは目に優しくない。
思わず目を細めてしまった。
そして、あることに気が付いた。
眼鏡がない!
慌てて、携帯電話の灯りを懐中電灯代わりにして、辺りを探した。
黒いものが、ベッドの脇に置いてあるナイトテーブルの上に見えた。
そっと、手を触れてみる。
それは私の眼鏡だった。
掛けると、ようやく画面に表示された文字が見えるようになった。
暗闇にやっと目が慣れてきたらしい。
『理名
俺は、会社の飲み会で遅くなる。
帰ってくるなら自分で何か買ってきて食べてもいい。
誰か、友達の家に厄介になるのもいい。
後者の場合、後日、お礼は忘れるなよ!
父より』
その文面に、少し顔が綻んだ。
果たして、今お世話になっているこの家が、世界有数の資産家の家であるということを、私の口から話したとしたら。
父はどんな顔をするのだろうか。
彼らから見ると、私たちみたいな人がぶら下げてくる手土産なんて、たかが知れているのだろう。
そう考えると、持っていくのが逆に恥ずかしくなる。
そんなことを考えていると、コン、コンという控えめなノックの音が、私の耳に届いた。
「はい?」
麗眞くんかと、返事をしてみる。
「理名ちゃん?
起きてるんだ?」
麗眞くんより、ほんの少し、高い声。
私の名前と、「ちゃん」の間にほんの少しの間がある。
麗眞くんなら、スムーズに呼ぶはずだ。
拓実くんに間違いない。
分かってしまった自分に少し驚いた。
「うん。
ちょっと前、起きたところ」
「よかった。
ちゃんと、水分補給もしているのかな。
様子を見たいから、部屋の灯り、つけていいよね?
眩しかったら、目を伏せてていいから」
そう言って、部屋の灯りが付くと、制服ではなく、上下がグレーのスウェットを着た拓実くんがそこにいた。
麗眞くんから借りたのだろうか。
こんな彼を見るのは、もちろん初めてだ。
私服と制服と、カジュアルというか、ラフすぎるスウェット。
私の脳内にこっそり記憶している「拓実くんフォルダ」。
また1つコレクションが増えた。
「冷えピタも大分、熱を吸ってくれたみたいだけど、とりあえずまだ様子見だね」
拓実くんがそう言った後、また、ノックの音がした。
誰?
麗眞くん?
「今、違う人が入ってるんだから、後にしろって、姉さん。
ったく、こんな時に電話きたし。
しかも深月ちゃんから?
どうしたんだろ。
俺は電話してるから好きにすれば?」
「いいでしょ?
理名ちゃん、もう友達みたいなものだし。
無難で、かつ、彼女が好きそうなものがこれくらいしかなかったし。
それに、貴方の執事さんから頼まれた彼女への届け物もあるし。
すぐ済むから、入れなさいよ!」
そんな押し問答でもないものが聞こえた後、麗眞くんのお姉さんが入ってきた。
「あ、彩さん。
すみません。
えっと……こんなベッドの中から失礼します、お邪魔してます……」
「いいのよ。
それより、微熱って聞いたけれど、本当に大丈夫?
微熱でも、制服じゃあ、いろいろと不都合があるでしょうから。
着替えと、ちょっとしたお粥とフルーツを置いていくわね。
じゃあお大事に」
本当にそれだけ言って、部屋を出て行った、麗眞くんのお姉さんの彩さん。
「麗眞さんのお姉さん、美人さんだね。
まぁ、俺はタイプじゃないけど。
俺と麗眞さん、風呂入ったりしてるからさ。
理名ちゃんも、せっかくだから、着替えてそれ食べたりして、ゆっくり過ごしてな?
じゃ、また」
ひらひらと手を振ってから部屋を出ていくさまは、あの時のデートの帰り際を彷彿とさせた。