ビターチョコ
「どうしたの?
何か、嫌な夢でも見た?
理名ちゃんが私を見た時の目、とっても怯えきってたから」

「夢でも、私、誰かのサンドバッグ代わりにされました。

拓実くんの元カノらしき女性に、お腹をこれでもかというように殴打されて、あばら骨にひびが入ったか、骨折する夢でしたよ」

「そんな嫌な夢は、早く忘れるに限るわ。
努力しなさい。

私も何かあれば協力するわ」

不味そうな病院食を横目で見ながら、凛さんに言う。

「これ、食べなきゃダメですか?
お腹空いてないんですけど」

「嘘おっしゃい!
こういうことでもしないと、平気でパン1つとかおにぎり1つとか、不摂生しかしないんだから。

鞠子さんに、そういうところもそっくりよ?

まったくもう。
ちゃんと初潮迎えて大人の女性になった自覚はあるのかしら?

変な食事をしてると、生理止まるわよ?
とにかく食べなさい」

器に乗った白いご飯と、豆腐とわかめが浮いた味噌汁、鮭の切り身を見つめる。

こんな、「THE 朝食」といった感じのメニューを見るのは、久しぶりだ。

「いただきます」

ポツリと呟いて、1口、ご飯に口をつける。

「美味しい……」

誰かが、少なくとも私のために作った食事。
なんのありがたみもないコンビニで買うパンやおにぎり、サンドイッチより、人の温かみを感じた。

「理名ちゃん、目が潤んでるわよ?
目がうるうるするほど美味しかった?

ちゃんと食べなさいよ?
私は、ある人に電話してくるから」

 そう言って、凛さんは病室を出ていった。
今日も、暇な1日が始まる。

午前中も、お昼も、暇だった。
そんな静寂を破った人がいる。
凛さんだ。

お昼ご飯を持ってきたらしい。
ついでに、数冊の医学書も。

お昼ご飯を食べ終えて、医学書も読み飽きた午後3時頃、凛さんが病室を尋ねてきた。

「あと30分くらいしたら、麗眞くんが来るみたいよ?
私は席外すから、どうぞごゆっくり。

っていっても、立て続けに他の患者の検査の補助とオペの執刀医だから行かないとなんだけどね」

凛さんの言葉に、返事をして彼女が引っ込むのを待った。

凛さんが昨日持ってきてくれた、ブラジャーの割にはレース等の装飾がなく、カップ表面がツルッとしているものを着けてみる。

ジーンズのような色味は気に入っている。

だがしかし、これはBカップであるらしい。
決定的にサイズが合わない。
まぁ、仕方ないか。
クローゼットにある下着たちががあまりに貧相なのでこっそりと買い足してくれたのだ、と思いたい。

気を取り直して、ヒップが隠れる丈の開襟シャツとショートパンツを履く。
これも、昨日彼女が持ってきてくれた。

背の高い私が履くと、大分脚が露出して気恥ずかしかったが、覚悟を決める。

これしかないのだから、仕方がない。
開き直ることにしよう。

水色のストライプ柄だったから単純に気に入ったというのもあるのだが。

眼鏡をかけて、彼の来訪を待った。
今日は金曜日のはずだ。
何の用なんだろう。

それから、30分も経たないうちに、控えめなノックの音がした。

「はい」

そう返事をすると、麗眞くんの後ろから、ある人が出てきた。

花に疎い私は、何の種類が詰め合わせされているのか、さっぱりわからない。

でも、花束を両手いっぱいに抱えた、拓実くんがそこにいた。

「ニュースも全部見た。
不安で、心配で仕方なくて、授業なんて全部放り出してでもお見舞いに行きかったんだ。

でも、こっちも宿泊学習とか抜き打ちのクラス
分け試験とかあって、行こうに行けなかった。
ごめん」

学校の行事なら、仕方がない。
不可抗力だ。

拓実くんの同級生でもない私が、どうこう言えることではないのだ。

せめてもの慰めのつもりか、頭をポンポンされると、視界が涙でボヤけた。

「来て、くれないかと、思った……」

拓実くんの前でなんて、あのレストランでしか泣いたことないはずなのに。

それでも、私の中にあの時と同じ感情が湧いてきた。

気が付いたら、私の何倍も広い背中に手を回して、思い切り泣いていた。

「ごめん……
寂しくさせて、ごめん。
傷付けて、ごめん。
大事な子を守ってやれなくて、ごめん」

私が泣いている間、背中を優しくさすってくれた彼の手は、私の父の温もりとは違う。
けれど、それの数十倍は温かくて、安心した。

それから、何時間が経ったのだろう。

私は、ベッドに寝かされていた。
見飽きた病院の白い天井が見える。
誰が、ここに寝かせてくれたんだろう。

拓実くんであったらいいのに。

そんなことを思いながら、病室を見回してみると、昨日、父が持ってきてくれた紙袋の隙間から、紙が数枚覗いていた。

それを掴んで、ベッドに戻って読む。
まずは、幅の狭いルーズリーフからだ。
開くと、男の人にしては整った綺麗な字がボールペンで書きつけられていた。

『理名ちゃん
よっぽどいろいろ抱え込んでたみたいだね。
気付いてあげられなくて申し訳ない。
理名ちゃんと一緒の高校だったらってことをここ数日だけで何度思ったか分かんないくらいだよ。

けど、今の高校も好きだから、俺にはどうすることもできない。
それがすごいもどかしい。

それから、もしかしたら、俺のアドレスから理名ちゃんに変なメールが送られることもあるかもしれない。
そしたらそれをすぐ伝えてくれると嬉しい。
よろしくね!

対策も、麗眞くんと一緒にこれから考えてきます。
面会時間が終わるまでにはまた顔を出すからよろしくね!
目の下に隈が出来ているから、しっかり寝ること!
おやすみなさい。
桐原 拓実』

その下には、麗眞くんのものもあった。

『理名ちゃん

拓実くん、寝かせるにあたって理性保たせるの大変だったみたいだから、あまり無防備な姿をさらさないように気をつけること! 
ちゃんと女の子なんだし。

とりあえず、相沢や他の皆が調べた、拓実くんの元カノの情報を一緒に置いておく。

よく目を通して、用心するように!
とりあえず、また18時30分くらいに来る。
よろしく!
Reima』

この置き手紙を読んで、熱でもあるのかと思うほど顔が真っ赤になったのが分かった。

私を寝かせてくれたの、拓実くんなの?
わたし、どんな顔して会えばいいの!?

そんなことを思っていると、ドアをノックする音が室内に響いた。

「は、はい!
どーぞ!」

返事をすると、拓実くんが入ってきて、その後ろに麗眞くんがいた。

「あ、理名ちゃんだ。
ちゃんと起きてる。
おはよ」

爽やかな笑顔を向けてきたけど、直視なんてできるわけがなくて、うつむき加減だ。

「おはよ。
ってか、朝じゃないけどね」


としか言えなかった。
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