ビターチョコ
麗眞くんが、拓実くんの後ろで、いつもは見せない表情をしていた。
拓実くんがそんな表情をするなら分かる。

でも、どうして貴方が。
眉間に皺を寄せた、何かに苛立ったような表情までして。
何度も舌打ちなんてしているの……?

「悔しいの。
分かる?
俺は親友なのに。

きっちり身を守ってやれないのが。

いくら、俺と拓実くんが知り合いでも。
拓実くんの学校にはコネもないし」

そこまで言ったところで、病室の扉が開いて廊下から明かりが入る。

「何?
どうしたの?
私たちで力になれるなら、なるよ?
恋愛のカリスマと心理学の力、甘く見るな、って感じ」

そう言いながら入ってきたのは、深月と華恋だった。

「相沢さんから、連絡貰ったの。
力になってやってくれ、って」

「相手は相当、高校生にしては頭が回るみたいだし。
これは放っておけないな、って。

早めに決着をつけないと、理名をいじめてるうちの高校の奴らと結託したりしたら、とっても厄介なことになりそうだし」

「あ!
理名の、未来の彼氏さんだ!
初めまして、美川 華恋です!」

「浅川 深月です!
一応、母がカウンセラーしてるので、人の心を読み取ったり、行動予測なら、母の助けを借りながらですが出来ると思います。
力になりますよ?」

華恋と深月が自己紹介を終えたところで、拓実くんも言う。

「あ、改めて。
私立グラジオ学園高等部に通っている桐原 拓実です。
すみません!
俺が、しっかりきっぱりと元カノと縁を切らなかったから。

理名ちゃんの友達にまで迷惑を掛けてしまいました」

「ノープロブレム!
拓実くんが気に病むことじゃないから、気にしないで!
これ、犯罪心理学辞典のコピーなんだ。
ちょっと見てくれる?

『ストーカーの行為には、
未熟な心性を持ったまま大人になった
人間の心理が典型的に見られると言います。

人間としての未熟さが、妄想を駆り立て、ストーカー行動へ向かわせるのです。

未熟な大人に出会う確率は男性でも女性でも同じです。
自分は男性だから、ストーカー被害には遭わないだろう。

そんな思い込みが、ストーカー側からすると付け入る隙になります、気をつけましょう!


また、ストーカーに至る女性は、なんらかの論理的思考が欠落しています。
ある研究では、ストーカーはなんらかの人格障害を患っているというデータもあります。

自分ひとりで、円満に解決することは非常に困難であることは認識しておいてください。

それを踏まえたうえで、大きな被害を被らない為に、ストーキングの証拠を集め、警察や弁護士、あるいは探偵などの専門家に相談しましょう』

そんなこと、知らなかったでしょ?」

「全然、知らなかった……」

深月の情報網には、いつも驚かされる。
しかも、こんな短時間で、そんな専門的な辞典までコピーをしている。


「あ、この用紙。
元カノさんの情報?
宝月興信所、やるねぇ」

華恋ちゃんの声で、私と深月もようやく、その髪を覗き込んだ。

月野 纏(つきの まとい)、15歳。
茶髪のポニーテール。化粧も濃く、つけまつげを何枚も重ねている。

スクールバッグの中身は、アニエスベーの財布に、化粧品も、高校生が買うにしては、高いラインナップのものばかり。
香水も、クロエのものだった。
とても、高校生とは思えない。

「参考になったわ。
ストーカー化する人の片鱗が、既に、これで2つ見えた。
ひとつめ、自尊心が高い、自分大好きなナルシストタイプ。

こんなリッチなものを、高校生で持てる私、すごいでしょ?って感じで、自分に酔ってるのよね。
ふたつめ、ブランドもので固めている。

外見だけを取り繕うことで、自分に自信がないことを隠しているのよ。

一見すると、魅力的で可愛い子でしょう?
写真だけを見ると。

この傾向は女性ストーカーの中でも一際多い傾向で、男性を過度に縛り付け、他人を批判することで自分を守ろうとしているのが特徴ね」

拓実くんが、必死に深月の言葉をメモにして残している。

「拓実くんにも協力してもらって、もう少し彼女に関する情報を集めましょう。

今まで、ストーカーとかそれに近いことをされたことがあるのか、それを知るためにも携帯電話のメールとかも見せてほしいし。

一番、証拠が残っているものだから。

理名が見た悪夢の通りになんて、させない。

させてたまるか!」

「ほらほら、皆?
取り込み中に悪いけど、もう面会は終わりの時間よ」

凛先生に諭され、皆はしぶしぶ帰って行く。

彼女と一緒に来た相沢さんが、例の女性の情報を、人数分カラーコピーしたものを皆に渡したところで、皆は病室を出た。

「大丈夫。
例の人の情報は、この病院にいる全員に注意喚起をしたわ。
この病院内にだって、絶対に入れさせないんだから」

凛さんのウインクが決まったのを見届けて、皆を見送った。
病室には今度こそ平和が戻った。

「大丈夫かな?」

「大丈夫よ、きっと」

ポロリと零れた私の本音。
凛さんが微笑んでそう言ってくれると、勇気が出る。
コン、コンとノックの音が響いた。

「あの、もう面会時間は過ぎていますので、お引き取り願います」

凛さんがそう言った。
しかし、相手はゆずらなかった。

「理事長として、刑事として、理名ちゃんから話を聞きたいんだ」


その声に、私と凛さんが顔を見合わせた。
この病室のテレビからかつて流れていた声と同じだったから。

病室を訪れたのは、他ならぬ麗眞くんの父親だった。
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