白い海を辿って。
「先生が寒くなるよ。」
『それ車に置いてたやつだから大丈夫。』
ぱっと振り返って見ると、青井さんはニット姿のまま優しく微笑んでいる。
『あと青井さんな。』
「え?」
『さっきから先生って言ってる。』
その微笑みが少し寂しげになって、私の頭にポンと手が乗せられる。
とっさに顔を上げてぶつかった視線は、先生なんかじゃない1人の男性のものだった。
私が理瀬先生のことも青井さんのことも“先生”と呼ぶのは、たったそれだけの関係だからじゃなかった。
そう呼ぶことで、男性であることを意識しないようにしたいからだった。
「ごめんなさい。」
鼓動が一気に速くなって、そのことに気付かれないよう逃げるように青井さんから離れてしまう。
ダメだ、意識しちゃ。
大丈夫、青井さんは先生だから。
『滝本さん。』
背後から呼ばれた声に、ビクっと大げさに反応してしまう。
『ごめん、急に触ったりして。』
青井さんは焦ったように謝りながら、戸惑ったように俯く。
これくらいで謝らせてしまったことが申し訳なくて、ただ黙って立ち尽くすことしかできなかった。