白い海を辿って。

『私は、先生と離れてしまうことが怖かったです。ひとりにしたくなかった。』

「滝本さん…」

『奥さんとちゃんと話し合った方がいいって私が言ったのに、最後に中途半端なことしか言えなくて、本当にごめんなさい。』


幸せにしてあげられない、そう思っていたことがこんなにも滝本さんを苦しめていた。

幸せにしてくださいと、言える強さも素直さも俺にはなかったんだ。



『あのとき、ちゃんと終わりにしておくべきでした。先生の言葉をちゃんと受け入れるべきでした。』


俺の手の中でも、コーヒーがどんどん冷めていく。

一緒にいた期間はごくわずか。

だけどその短すぎる期間で俺たちが共有した気持ちも、その大きさも、俺たちにしか分からない。



「こんな俺を好きになってくれて、ありがとう。」

『先生…。』

「あのとき滝本さんが救いを残してくれなかったら、俺はもっと打ちのめされてたと思う。ただただひとりだったと思う。」


好きな人もいない、もしかしたら離婚だって決意できなかったかもしれない、ただの情けない男だったと思う。



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