白い海を辿って。

「だから滝本さんを好きになれて良かった。」

『私なんて…』

「ありがとう。終わらせに来てくれて。」


ずっと幸せでいてください。

そう言った俺の声が、コーヒーに溶けるように消えていく。


それだけが、俺の救いだった。

誰かの人生を一緒に歩く決意も覚悟も持つことができなくて、妻の人生を壊してしまった。

だから、同じことを繰り返すことが怖くて手を放した滝本さんが幸せでいてくれることが、俺の救いだ。



『幸せで、います。』


その声を、言葉を、俺は忘れて生きていこう。

好きだった声を、いつも優しかった声を。

今日限り、思い出さないように。



「さよなら。」


喫茶店の前で別れると、滝本さんが立ち去るよりも先に店を離れた。

滝本さんがどうやって帰るのか、もう俺が心配することは何もない。


好きだったな、と思った。

一緒にいた時間は少なくても、深く深く、好きになっていた。


だけど俺は、心から好きだった人のことを結局何も知れないまま、寒い寒い日に、またひとりになった。



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