白い海を辿って。

『でも、向こうは俺じゃない男と幸せになってるって言ってた“向こう”って、奥さんじゃないんでしょ。』

「え?」


クッションを抱えて聞く椎野さんは、初めて見る切ない表情をしていた。

その顔を見ていると、ごまかしなんて一切通用しないと思った。



「違うよ。その子に会って、離婚しようって思った。」

『え?不倫?』

「してないよ。とっくに別居してたけど、離婚届けは出してない状態のときにその子に会って。一緒にいて安らぐっていうか、ほっとして。」


ほんの数回、一緒にいただけの滝本さん。

その数回で、するりと俺の心に入ってきた。



「ちゃんとしようって思ったんだ。離婚して、独身になってちゃんと始めようって。」

『始められてないじゃん。』


納得のいかない表情を浮かべる椎野さんに、あのとき思ったことを話す。

滝本さんを迎えに行くことができなかった理由。



『感情、あったんだね…。』

「あるって言ってるだろ。」


真剣に聞いていた後にそんなことを言われて、思わず笑った。

あのときの俺は、ぐちゃぐちゃの感情と自意識でいっぱいだった。



< 278 / 372 >

この作品をシェア

pagetop