白い海を辿って。
『でも、向こうは俺じゃない男と幸せになってるって言ってた“向こう”って、奥さんじゃないんでしょ。』
「え?」
クッションを抱えて聞く椎野さんは、初めて見る切ない表情をしていた。
その顔を見ていると、ごまかしなんて一切通用しないと思った。
「違うよ。その子に会って、離婚しようって思った。」
『え?不倫?』
「してないよ。とっくに別居してたけど、離婚届けは出してない状態のときにその子に会って。一緒にいて安らぐっていうか、ほっとして。」
ほんの数回、一緒にいただけの滝本さん。
その数回で、するりと俺の心に入ってきた。
「ちゃんとしようって思ったんだ。離婚して、独身になってちゃんと始めようって。」
『始められてないじゃん。』
納得のいかない表情を浮かべる椎野さんに、あのとき思ったことを話す。
滝本さんを迎えに行くことができなかった理由。
『感情、あったんだね…。』
「あるって言ってるだろ。」
真剣に聞いていた後にそんなことを言われて、思わず笑った。
あのときの俺は、ぐちゃぐちゃの感情と自意識でいっぱいだった。