白い海を辿って。

それ以来、椎野さんは度々自宅にやってきてはせっせと冷蔵庫を食材で満たすようになった。

ただ料理はあまり得意ではないらしく、更に得意ではない俺と力を合わせたところでできるのはいつも何か足りないものばかりだった。



『なんかこれ味薄くない?』

「それにニンジンも硬い。」

『それは理瀬さんの下茹で不足。』


最近では敬語もすっかり抜けている。

職場ではいつもきっちりと距離感を保っていることから、周りに何か勘付かれるのは嫌なようだけど。



「どうした?」


食後にソファーでくつろいでいると、椎野さんが大きなバッグを広げ始めた。

すぐに立ち上がって風呂場へ行くと、よく通る声が返ってくる。



『この前持ってきたシャンプーとかタオルとか全部持って帰る。』

「なんで?」


同じく大きな声で返したつもりだったけど、俺の声は届かなかったようだ。

椎野さんは帰るのが面倒だと言って泊まって行くことも多くなり、部屋のあちこちに自分の物を置いていた。



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