白い海を辿って。

『本当に、どうかした?』


先生の声が急に心配気になる。



「…あの、奥さん。」

『え?』

「奥さん、怒りませんか?」


“奥さん”という単語に、先生は分かりやすく反応した。

流れていた空気が一瞬ピタっと止まったのが分かる。



「先生、結婚してますよね?」

『うん、してる。』

「奥さん怒りませんか?」

『怒らないよ。』


動揺を悟られないようにか、先生は私の問いかけにとても簡潔に答えた。

あまりにあっさりとしたその声が逆に私を不安にさせる。

『怒るかもね』と笑ってくれれば、納得して車を降りられるのに。



『滝本さんはそんなこと気にしなくていいから。』

「はい…ごめんなさい。」


そんなこと、か。

大事なことだと思うのは私だけなのかな。



『一緒に暮らしてないんだ。』

「え?」


少しの沈黙の後、先生が独り言のようにつぶやく。

とても投げやりで、ずっと溜め込んできたことを吐き出すような言い方だった。



『出て行った。たぶんこのまま離婚すると思う。』


離婚。

唐突に出てきた一言を受け入れるのに少し時間がかかった。



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