白い海を辿って。

『お腹空いてない？』

「あ、えっと…空いてます。」


そういえば夕食を食べていないことに今更気付く。

先生の一言で、私の中で張りつめていた緊張が一瞬でほどけた。


あぁそうだ。

先生の隣は、いつもこんな感じだった。

緊張さえも溶かしていく柔らかい空気と、絶対的な安心感。



『ごめん、今食パンしかないんだけど…。』

「いただきます。」


空っぽの冷蔵庫も、ペアになっていない１つずつのコップもお皿も、なぜか私をほっとさせた。

トースターの前で食パンが焦げずに焼けるのをじっと待っている先生の後ろ姿から、さっと目をそらす。

好きだった気持ちを、思い出してはいけない。



『今日は泊まっていくよね。』

「いえ、そんな…。」

『疲れただろうし、ひとりでゆっくり考えるといい。』

「ひとりで？」

『俺はいないようなもんだと思ってくれれば。』


２人で食パンをかじりながら、先生が何でもないように言う。

ひとりで考えたい気持ち、帰りたくない気持ち、全部分かってまるごと包んでくれる温かさにまた涙がこぼれそうだった。