白い海を辿って。
『だいぶ涼しくなってきたね。』
「はい。」
何を話せばいいのか分からないのではなく、何も話すことがないのでもなく、ただ何も話さないでいてくれる先生。
沈黙が流れても気まずさも申し訳なさも感じない空気。
先生の隣は、いつだって自分が自分でいられる場所だった。
『あのさ、ひとつ提案なんだけど。』
「はい。」
『先生っての、そろそろやめようか。』
「あ…そうですよね。」
先生としか呼んだことがないから、先生以外の呼び方を知らなかった。
こうして会うようになってから、先生は先生だけど先生じゃない、そんな不思議な存在になっている。
『理瀬さんでも秀人さんでもおいでもお前でも何でもいいから。』
「いやそれは、」
思わず笑ってしまった私に、先生の表情がようやくほっとしたように和らぐ。
理瀬さん…秀人さん…。
「じゃあ、理瀬さんで。」
『了解。』
いきなり下の名前は厚かましいような気がして、理瀬さんにする。
いつか秀人さんと呼べる日がくるのだろうか。