白い海を辿って。

目的のショッピングモールに到着して、中に入っている映画館へ向かう。

平日だからさほど人は多くなく、程よい雰囲気だ。


滝本さんと並んで歩いていると、妙な落ち着きを覚える。

妻と歩いているといつも落ち着かなかった。

全身をブランド物で固め、化粧も濃く髪はいつもきっちりと巻かれている。

どこに行っても周囲から目を引く妻の隣で、とにかく俺は地味だった。

きっと周りからは不釣り合いな夫婦に見えていただろう。

いや、夫婦にも見られていなかったかもしれない。



『先生、ポップコーン食べますか?』


曇りのない瞳で俺を見る彼女の声に我に返る。



「俺、食べないんだよね。滝本さんは?」

『私も普段は食べないんですけど、今日は食べたいです。』

「じゃあ買いに行こうか。」

『はい。』


嬉しそうに笑うその顔が俺の苦い記憶を吹き飛ばしてくれる。

もう派手な妻の隣で肩身の狭い思いをする必要はない。

妻との日々が苦い記憶になっていることに、今初めて気がついた。



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