白い海を辿って。

きっと今日も、先生は自分からは別れの言葉を切り出さないだろう。

だから私が話を続けようとすれば、ずっと話していられる。



『まぁ、乗ってれば慣れるから。ゆっくりね。』

「はい、ゆっくり練習します。」


柔らかな声が、温かな笑顔が、私の心をホッと落ち着かせてくれる。


今日出会えた偶然に1人で喜び、そういえば今日は水曜日だから教習所は休みだったなと思い出す。

先生はいつも休日をどのように過ごしているのだろう。


話したいことは沢山あった。

でも、どんどん大きくなる自分の心臓の音が気になって、急に不安が押し寄せてくる。

話せば話すほど私が普通じゃないことに気付かれてしまいそうで怖くなった。



「あの、突然声かけてすみませんでした。」

『ううん、全然。気をつけて帰ってね。』


やっぱり私から話を切り上げると、先生はにこやかに笑って手を振ってくれた。

私もぎこちなく手を振り返してから、そういえば今日は左手の薬指に指輪をしていなかったなと思う。


帰り道で1人、私はどうして先生が指輪をしていることを知っていたのだろうと考えていた。



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