毒舌紳士に攻略されて
それはただ単に恋愛経験が乏しいからだろうか?
こんなことなら、もっと真剣に親父から恋愛の極意を学んでおくんだった。

どうしても勇気が出ない自分の不甲斐なさに、拳を握りしめた時。

「またどこかで会えたらいいね」

「……え?」

不意に掛けられた言葉に顔を上げれば、彼女は俺を見て微笑んでいる。

“またどこかで会えたらいいね”

そんなの社交辞令的なものだろ?
名前も連絡先も知らないっつーのに、また会えるはずなどない。
そう分かっているのに、彼女がそう言ってくれたことが単純に嬉しかった。

「そう、だな」

高ぶる感情を押さえながら返事を返すと、彼女はまた嬉しそうに笑い、そしてそのまま人の波に呑まれていった。

「情けねぇ」

彼女の姿が見えなくなっても動けず、ポケットに入れっぱなしのままになっている彼女のハンカチを、強く握りしめていた。

ずっと返すタイミングがなかったけれど、今となっては返すタイミングがなくてよかったと思う。
彼女の言うようにまたどこかで会えた時、このハンカチを口実に話ができるだろ?
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