毒舌紳士に攻略されて
その瞬間、ぞくりとした感覚が全身を駆け巡った。

「じゃあ実家に行くから」

そして一瞬でドキドキ感も消えていく。

「……はい」

引きつる顔でどうにか返事を返すと、勝ち誇ったように笑いながら、坂井君は車を発進させた。
運転席からは鼻歌が聞こえてくる。

もしかして私、騙された……?

サッと血の気が引いていく。

実家になんて行きたくない。行く理由もない。……なのに今の私には「帰ります」とも言えない。
彼のことを知る努力をするみたいなことに了承してしまった手前、今更言えない。

もしかしてこれが狙いで、さっきのは完全なる芝居だったとか!?

そんな疑問が浮かび坂井君を見つめるものの、上機嫌で運転するその姿からは真意を掴めそうにない。

以前琴美に言われた言葉が頭をよぎる。

“断る時はちゃんと断った方がいいよ?でないと、いつまで経ってもズルズルと面倒な仕事を押し付けられるからね”

まさにその通りになりつつあるのかもしれない。

向かう先は坂井君の実家。
きっと両親もご在宅なんだよね?


毒舌で紳士的な彼の両親がどんな人なのか、少しだけ気になりつつもやっぱり気持ちは沈んでいくばかりだった。
< 80 / 387 >

この作品をシェア

pagetop