双子壁
子供達が眠りに就いたその夜、スモール・バックヤードはいやに静かだった
中心の石の真ん中には食物ではなく焚き火が置かれ、少年達は黙って大岩に鎮座するヴァジムを見つめた
しかし当の本人は一向に話す気配はなく、痺れを切らして最初に口を開いたのは、調理担当のエーヴァだった
「ヴァジム
もう良いでしょ?話してよ」
癖っ毛のある髪を横に流した彼女の言葉に誰もが頷いた時に、ヴァジムは炎を見つめながら言う
「次の満月の夜に¨マカロフ経典¨が始まる」
焚き火の跳ねる音、木々の揺れる音、少年達の息を飲む音が周囲に溶け込んだ
それでも尚 炎の動きを見つめるヴァジムに、腹正しそうにイーゴリは彼の頭に小石を投げ付けた
「だから?あ?
一々クールさアピってんじゃねーよ
話進めろや、アホンダラ」
乱暴な言葉を放ったイーゴリに、ヴァジムは少し緊張がほどけた様子で頷く
それを見たイーゴリは鼻息を鳴らして腕を組んだ
そしてヴァジムは言った
「この中には¨マカロフ経典¨の名前を知らない者もいるかも知れない
ドミートリィなんかはそうかもね」
「は、はい!」
「他にも、聞いた事はあるけど内容までは判らない者もいるはずだ
だから一から話そうと思う
先ずは、あの壁が見えるかな」
擦り傷だらけの指先が、前方に聳え立つ壁を指差す
それは地に根を張る大樹の様に壮大であり、何より壮大過ぎて恐怖心さえ煽るものだった
ドミートリィは膝の上にある手を強く握り締め、壁からヴァジムへ振り返った
「¨双子壁¨…ですよね?」
物々しい壁は人々を真上から見下ろし、威厳を物語るが、実はその裏手側には同じ壁がもう1つ造られている
双子壁と呼ばれる由縁である
「あの壁には歴史がある
最初に話すのは俺達がいるこの国からだ
今ここから見えるあの壁から内側は、ナヴェールフ
¨上へ¨と言う意味だ
つまり俺達がこうして生活している場所の名前だ
そして壁の外側にあるのがスヴィズダー、¨星¨
スヴィズダーには俺達の家族がいる
更に向かう側にあるもう1つの壁の内側は、ヴニース
¨下へ¨の意味を持つ
俺達はこんな風に3つに分岐された国にいる」
木の枝を使い地に地理を描いたヴァジムの周りに集まる少年達は、少し難しそうな顔をしながらも真剣に耳を傾ける
ヴァジムはそんな仲間の様子を誇らしく思い微笑むが、直ぐに表情を戻した