最低王子と恋の渦
「ね、どう?行こー?」
ズイッと更に顔を近付けてくる和久井くんを、私はまた遠ざける。
カラオケかぁ…。
私人前で歌えるようなタイプじゃないし…。
ましてや知らない人なんて。
…やめとこっかな。
そう決めて断ろうと口を開いた、その時。
「はーい!行く行くー。私も美乃も参加するー!」
「…えっ!?」
突然横から元気に声を上げた菜々は、和久井くんの肩に手を置いてうんうんと頷いている。
「まじ!?やったー!」
「ちょっ、待ってよ菜々!?」
「いーじゃーん。最近遊べてないしカラオケも久しぶりだし」
「確かにそうだけど…」
「そうそう!行こ行こ田中さんっ」
「うぅん……」
むむむと顔をしかめて唸っていると、不意に三鷹くんと目が合った。
彼はいつもの涼しい顔をこちらに向けて、片肘をついている。
「やめといた方がいいんじゃない?田中さんの歌声で何人耳鼻科に行かないといけなくなるか分からないよ」
カッチーン。
…なんだとう?
「まあ冗談、」
「言っとくけど、私はこう見えて並くらいの歌唱力はありますから!?」
ギンと三鷹くんを睨みつけて怒鳴る私に、三鷹くんは初めきょとんとする。
横で菜々が「おっとー?」とうざったく煽っているのは無視だ。
「へぇ。結構自信あり気だね」
「三鷹くんがどんな歌声かは分からないけど、ボロクソに貶される程ではないと思うねっ」
「どうだか」
全然納得してくれる様子を見せない三鷹くんに、私は更にイライラしてしまった。
キッと和久井くんに視線を移すと、彼はビクッと肩を跳ねさせる。
「和久井くん、やっぱり行くよ私」
「…えっ、まじで!?」
「うん」
「よっしゃー!!」
少年のように嬉しそうにはしゃぐ和久井くんを見ると、なんだか少し落ち着いてきた。
チラリと三鷹くんに視線を戻すと、彼はさほど興味を示す様子もなく、ただ片肘をついてはしゃぐ和久井くんを見つめている。
…つい意地張っちゃったけど、まあいいや。
他の女子も菜々もいるし。
そんな歌うこともないだろう。
「おーい!川平ー!」
と、不意に和久井くんは教室にいた友也を呼んだ。
友也はそれに気付いてトコトコとこちらに駆け寄って来る。
「なんだなんだ?」
「今日の放課後に皆でカラオケ行く予定なんだけど、川平も行かね?」
「おお!カラオケ!?美乃も!?行く!」
なんという食い付きっぷり。
目をキラキラと輝かせて和久井くんと一緒にはしゃぐ友也も完全に少年だ。
…友也も来るなら安心かな。
そうホッと息を吐いて、私は少しだけ放課後を待ち遠しく思った。