「竹の春、竹の秋」

6.

 ウェイターは静かにタクミの注文を復唱し、それから薫を見て目で「そちらさまは?」と尋ねた。

 「じゃあ、僕もそれ」
 と、薫は答えた。穏やかに微笑んだウェイターは薫の手からメニューを大事そうに受け取って去っていく。ウェイターの後姿を見送りながら、自分はいつも人の後姿ばかりを見ているような気がする、と思う。誰かを好きになって、どうしようもできない想いを抱いて、熱を冷ますように一人佇むその場所から、いつも去っていくその人の後姿を眺めている。
 恋とは、そんなものだと思っていた。

 でも、タクミは、きっと違う。

 「結婚するの?」
 タクミは薫の質問に答えない。
 「──さん、のことはどうするの?」

 忘れようとしても、忘れられない名前。自分を抱きながら、この男が繰り返し呼んだ名前を口にすると、ひどく苦いものが込み上げる。思わず眉を顰めた。 そして、最初はただ疑問に思った問いかけだけのつもりが、語尾では責めるような色を滲ませて薫の舌に乗った。

 「あんなに・・・・、あんなに、好きなのに、・・・諦められる訳?」

 (あんなに好きなのに。あんな抱き方でその男を抱きたいくせに。)

 まっすぐに。
 真っ向から。
 愛していると告げることが適わなくても、
 どこまでもどこまでもまっすぐに向かい合う。
 辛くても
 痛くても
 自分を傷つける刃のような恋心に向かっていく。
 この男は、そんな愛し方をする男だ。
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