「竹の春、竹の秋」

7.

 タクミは向かい合う薫を見据えた。目を細めて、何かを言いかけた唇がほんの少し震えた。それから頭を抱えるように身体をかがめて、つぶやくように言った。
 「───るわけ 、ない。」
 タクミが言った言葉をはっきり聞き取ろうとした薫が身じろいだとき、タクミは頭を上げて、また重ねるように言った。
 「諦められるわけ、ないだろ!?」
 絞り出されたような声。熱っぽいタクミの目はまっすぐに薫を見ていた。


 それからタクミは、幾つも、幾つも、言葉を連ねた。時にそれは相反するような言葉であったり、時に力強く思いの丈を乗せて、タクミは自分の愛に答えない男へと言葉を止め処なく連ねた。当て所なくぶつける言葉が、責めるように強く謗るように響く。

 愛していると何度も囁いて薫を抱きしめた腕の、その抱擁を誰かの代わりに受けたのだから、タクミのこの吐露も受け止めてしかるべきなのは自分だと思った。そして、それが果たして苦しみなのか、悦びなのか、薫には分からなかった。ちょうど、彼に抱かれていた夜と同じように。

 息をつくようにタクミが急に押し黙った。

 薫は、タクミの目に映る誰かを思った。
 あの夜に、自分の中に宿った男。
 タクミが思ってやまない男。

 何も知らないウェイターが優しい声でコーヒーを持ってきたと告げる。薫は習い性になった笑顔を作ってウェイターに微笑みかけ、ローテーブルにのった華奢なコーヒーカップの取っ手を摘んだ。コーヒーが香った。

 「バカ、だな。」

 タクミのことだ。
 でも、それは、やっぱり、薫自身のことなのかもしれなかった。
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